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魔人勇者(自称)サトゥン  作者: にゃお
四章 影刃・聖魔
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27話 海獣



 大海獣デンクタルロス。王都メーグアクラスより南に位置する港町ミクランの沖合に出現する大型の魔物である。


 この魔物が現れ始めたのは、今より二十年ほど前。他大陸へ移動する為の運航船や、漁船などを多く有するその港町に、デンクタルロスは姿を現した。

 身体は巨体で、大型船すらをも遥かに超える巨大なイカのような姿を持ち、気性は荒く、魔物の視界に入った全ての船舶を破壊し尽くしてしまう程である。

 その事件以来、毎年決まって一月程、この魔物が必ず港町の沖合に出没するようになった。沖合に現れたデンクタルロスは、港町付近を一年のうち一月余りを遊泳して過ごす。

 当然、街の港付近にそのような巨大な化物が回遊している時に、船など出せる訳が無い。港町の船乗り達は、デンクタルロスがいなくなるまで時を過ごして待つしかなかった。


 無論、王国も指をくわえてそれを眺めていた訳ではない。騎士団を船に乗せ、魔法に特化した者を数人連れて退治に向かったことがある。

 だが、船の上という制約がある戦場、片や相手は大海を自由に動き回れる狩り場ということもあり、騎士団は大海獣に圧倒されてしまう。

 何より、魔法で焼こうが切ろうが矢を打とうが、少しでも打撃を加えられたら、デンクタルロスは海へ潜ってしまうのだ。

 そして海から直接船を攻撃してくることで、騎士団の足場を崩壊させる。あとはデンクタルロスの独壇場だ。

 結局、大きな被害を出して、騎士団の討伐は失敗に終わる。これも今より十年以上も前の話である。

 この討伐の失敗で、騎士団は貴重な魔法使いを数十人も失い、大打撃を受けてしまう。魔法を使える者は、この世界では非常に貴重である。

 何せ、魔法を使うにはまず何より本人の素質で左右される。どれだけ強い者であろうと、才能がなければ魔法を使うことが出来ないのだ。

 その才能を在る者を発掘し、そこから育成して初めて魔法使いとなれるのだ。それを数十人規模で失ってしまい、王国にとって非常に頭の痛い問題となってしまった。

 故に、この魔物を退治するのに再び魔法使いを送ることが出来ない。不幸中の幸いと言っていいものか、この魔物は近づかなければ襲ってこない性質があり、何より一年のうち一月しか姿を見せない。

 苦肉の策とも言えないが、王国は苦渋の決断で、魔物を放置することにしたのだ。いくら陸上では強力なメーグアクラス騎士団といえど、海上では手も足も出ないので、兵を出すだけ犠牲が増えると考えたのだ。

 故に、この大海獣デンクタルロスはこの国で今もなお放置されている害獣の一匹となっている。

 有効打を与えられない、しかし近づきさえしなければ襲ってはこない。被害と言えば、一月の間港町の経済が停滞することか。


「――とまあ、このようにデンクタルロスはメーグアクラスにとって忌々しい問題となっている訳なのです。

とはいえ、奪った命の数が住民、騎士団あわせて五十に届かない程度でしたので、氷蛇等と比べると被害者の数は少ないのですが」

「むはは、何を言うか!犠牲者の数などが私にとって重要なのではない!

例え一人であろうと、人間がその魔物に命を奪われ今もなお害し続けているということに意味が在るのだ!

ちなみにきこう!この魔物を私が退治したとなったら、国の人間達は私を勇者と敬うだろうか」

「ええ、今回の件は王国の闇に関係するレグエスクのようなものではありません。

港町ミクランは勿論のこと、王国も大々的にサトゥン様を国の難敵を打ち倒した英雄として祭り上げるでしょうね」

「そうか、そうか!くくく、くはは、ふはははははははは!勇者として後世に名を残してしまうか!くははははははは!」


 メイアの答えに、サトゥンはわなわなと身体を歓喜に震わせ、そして喜びを抑えることが出来ずに高笑いを始める。

 昼下がりの鍛錬時間、暇を持て余したサトゥンがまたメイアに泣きついたことから話は始まる。泣きついた理由は勿論、勇者として目立つ為の魔物探しである。

 前回、氷蛇を紹介して貰ったサトゥンであったが、手柄は全てグレンフォードのものとなっている。

 素晴らしい英雄が仲間となり、メイアと並ぶ良き指導者としてリアン、マリーヴェル両名を鍛えてくれているので、その点に不満はないが、サトゥンが一切活躍できなかったことが大いに不満だったらしい。

 そんな訳で、今度こそ自分が魔物を退治して名を広めると意気込み、メイアに何か情報をと求めてみれば、実に都合の良い魔物がいたようだ。

 彼女の語る大海獣デンクタルロスの話に、これを倒せば今度こそ自分の名は広まると子供のようにはしゃいでいるという訳である。

 そんなサトゥンを後押しするように、鍛練中のメンバーが次々に意見を述べる。


「確かに、海を活動範囲とする魔物相手では、槍や剣で攻撃という訳にはいきませんね……」

「魔法も駄目なんでしょ?ちょっとでも攻撃受けたら海中に逃げられるなら、ちょっと無理ね。メイアの魔法でも駄目なの?」

「ええ、私の風魔法如きでは傷一つつけられないでしょうね。私の魔法は攻撃ではなく、補助と妨害に特化してますので」

「海では斧は、振るえんか」


 つまるところ、サトゥン以外の誰もがお手上げという訳である。

 リアンやグレンフォードの力がいくら強かろうと、マリーヴェルやメイアの技量がいくら高かろうと、相手は海の中なのだ。

 船の上からでは、敵に攻撃など届かない。何より船を破壊されてしまえば、終わりなのだ。故に、大海獣と渡り合うには、一つの条件が必要となる。

 デンクタルロスと戦う為には、足場の問題を必要としない者――すなわち、空を自由に飛び回れるサトゥンだけが条件に該当するのだ。

 それが分かり、サトゥンの機嫌は留まるところをしらずどんどん天へと昇っていく。目は輝き鼓動は弾ませ、最早遠足前の子供の如き興奮ぶりである。


「そうか!私しか活躍できぬのならしかたがない!他の誰もが勝てぬ相手ならば、勇者である私が直々に相手をしてやるしかあるまい!

リアン、マリーヴェル、グレンフォードよ!悪いが今回こそお前達の出番はないぞ!今回は私が、私だけしか勝てない程の強敵らしいからな!

なに、心配する事は無い。私の戦いを見学する事も英雄として成長する為の大切な一歩だ!よく私の動きを見て真の強者とは何かを学ぶがいい!むはははははは!」

「出番がないなら、私達は別についていく必要ないじゃない。ミレイアだけ連れて一人でいきなさいよ」

「二人だと寂しいではないか!勇者パーティは全員で悪を打倒してこそ輝くのだ!全員でいった方が楽しいではないか!寂しいではないか!」

「どんだけ寂しがりなのよ!」


 必死に一緒に来いと訴えるサトゥンに嫌々ながらマリーヴェルはしかたないとついていくことを決める。

 リアンとグレンフォードは最初からついていくつもりだったようで、この村から港町までの移動時間と必要荷物を既に二人で話し合っている。

 ちなみに教会へと戻っているミレイアには、最初から拒否権はない。サトゥンの行くところ全て彼女は連行と決まっているらしい。哀れである。

 大体一月ほどの旅となるだろうと最終結論が出て、さっそく明日の早朝に旅立つことが決まる。


「一月というと、私の領主代理としての任期が終わる頃合いですね。

皆が戻る頃には、私も晴れて自由の身となれていたならば嬉しいのですが」

「なれるというか、実際なってるでしょ。

というか、私とミレイアの護衛としての名目でメイア頂戴って父様達に手紙で伝えてるし。

どうせ騎士団としての仕事に戻ってもメイアを満足させられるようなことなんてないでしょ」

「あら、それはありがとうございます。ならばあと一月後を楽しみに待たせてもらうことにしましょうか」


 微笑みながらそう告げて、メイアはゆっくりと席を立つ。どうやら休憩時間が終わり、領主の館へと戻るらしい。

 それに気付いた一同は、また一月後にと軽い別れを交わしていく。そしてリアンの番になり、メイアに向けて笑みを零した。


「また一月後にお会いしましょう、メイア様。その時を楽しみにしています」

「ええ、私も楽しみにしていますよ、リアン。ふふ、貴方と出会ってもうすぐ一年が経ちますが、本当にあっという間でした。

たった一年という時間が、貴方をこんなにも大きく成長させた。その時間に立ち会えたことを、私は嬉しく思っています」

「そんな、僕なんかまだまだ未熟で……僕も早く、メイア様と肩を並べるくらい、強くなりたいと思います」

「背伸びをせずとも、リアンは着実に成長を重ねていますよ。

気付いてますか?初めてリアンと出会った時、貴方の目線は私と同じくらいだったのに、今は私がリアンを見上げるようになってしまいました。

戦士として、人間として、一人の男の子として。貴方は自分が思う以上に立派に、逞しく、そして何より魅力的になっているのですから」

「メイア、様?」

「ん、どうしました?」

「あ、いえ、なんでも」


 思わず伸ばしそうになった右手を、リアンは必死に握り拳を作り抑えつける。

 何故か、遠いと感じた。目の前にいる筈なのに、メイアはこんなにも彼の近くにいるというのに、まるで手を必死に伸ばしても掴めない程遠くの存在に。

 自身の胸から溢れ出る理解出来ぬ感情に翻弄されるリアンに、メイアは優しく笑みを零して最後に別れの言葉を告げる。


「――それではまた会いましょうね、リアン。貴方の行く未来に、女神リリーシャの加護があらんことを」


 会話を交わし終え、メイアはリアンの元から去って行った。最後まで楽しげに微笑みながら。

 そのメイアの背中を、リアンは何故か最後まで視線を逸らすことが出来なかった。何故か彼女の背中が、おぼろげに見えて。

 何故か湧きあがった不安に、リアンは頭を振って振り払い、明日からの旅の準備を始めることにする。

 そう、一月後にはまた会えるのだ。サトゥンがいて、マリーヴェルがいて、ミレイアがいて、グレンフォードがいて、そしてそこにメイアがいて。

 そんな当たり前の日常がまた待っているのだ。だから今回の旅も、沢山のことを学んで、その経験を胸を張ってメイアに報告するのだと、リアンは必死に自分自身に言い聞かせていた。












 港町ミクランを出発した王族用の船の甲板の上で、リアンはぼんやりと先日のメイアとのやりとりを思い出していた。

 あれはただの、いつものように一時の別れの言葉に過ぎない。ただ、それが何故かリアンの胸に深く残る。

 妙に落ち着かない感情の不安定さだが、リアン自身その理由が分かっていないため、対処のしようがない。

 海風に当たりながら、リアンは背負っていた槍を取り、強く握り締める。



 ――神槍レーディバル。



 彼がサトゥンにこの槍を預けられて、まもなく一年が経とうとしている。

 この槍を授けられてから、リアンは幾度の修練を重ね、幾度の魔物達と渡り合ってきた。

 槍など握ったこともなかった自身が、ここまでくることが出来た理由をリアンは理解している。

 サトゥンの力になりたいと思った。自分達を救ってくれた彼の力になりたいと思った。だけど、それだけではここまで来ることなどできなかった筈だ。


 リアンが強さを追い求めた理由、それは、少しでも追いつく為だった。

 自分に強さとはどのようなものかを、自ら壁となって教えてくれた女性に、並び立ちたいと思った。

 日々自分の為に時間を費やしてくれた女性に、少しでも強くなることで成長をみせたかった。自分は貴女のおかげでここまで来たのだと、胸を張りたかった。

 先日、メイアは成長したと褒めてくれた。その言葉が心からの本心だと理解してる、けれど、それで終わっていい筈が無い。

 初めて自分に敗北を与えてくれた女性。リアンにとってサトゥンとはまた違う、心から憧れつづけた女性。その人に、結果で示したいとリアンは強く願う自分に気付いていた。

 彼女は戦士だ。自分に戦士という在り方を教えてくれた戦士なのだ。ならば、彼女に自分の成長をみせるには、戦士として語るしかない。

 軽く息を吐き、リアンは心を決める。この大海獣を討伐し、村へと帰ってメイアと再会したその時には、と。

 槍を強く握り、力強く一振りしたリアンに、背後から声が掛けられる。それは彼がもっとも信頼する戦友である少女の声。


「ふうん。何を変な顔をして思い詰めてるのかと心配してたんだけど……どうやらいつも通りに戻ったみたいね」

「マリーヴェル、何気に酷いよ……そんな変な顔してた?」

「してたわよ。まあ、いつものサトゥン程じゃないけれど、と」


 甲板の揺れを楽しむように重心移動を繰り返しながら、マリーヴェルはリアンの隣まで歩み寄る。

 彼女のトレードマークであるバンダナを結び直しながら、マリーヴェルは珍しくリアンにじと目で追及を始めた。


「それで、一体何を珍しく悩んでた訳?人には言えないこと?右から左に聞き流すくらいはしてあげられるけれど」

「うん、村を出てからずっとメイア様のことを考えてたんだ」

「あ、そう……は?メイア?え、メイアってあのメイア?え、何で?」


 鳩が豆鉄砲をくらったような表情をしたと思ったら、更に目線を険しくして睨みつけて尋問してくるマリーヴェル。

 そんな彼女の視線に気付くことなく、リアンは海を眺めながら、胸の内に湧いていた感情を吐露していく。


「メイア様はね、僕の目標なんだ。あの人が初めて、僕に敗北を教えてくれたんだ。

サトゥン様に槍を貰って、鍛えて貰って……領主の館で衛兵の人達に勝てて、少し浮ついていた僕を、メイア様がこてんぱんに叩きのめしてくれた」

「あー……分かるわ。そういうこと喜んでしそうだもの、メイアは。

懐かしいわね、私も昔天狗になっていたところをメイアにぼっきり叩き折られたものよ。何度戦っても勝てやしなかったけど」

「マリーヴェルもなんだ。僕もメイア様に一方的に負けちゃって……勝ちたいと、思った。この人に追い付きたいと、思った。

自分を鍛えてくれるメイア様に、自分はこれだけ成長したんだって、結果を出したいと思った。負けっぱなしは、絶対に嫌だと思った」


 強く槍を握りしめて語るリアンはどこまでもまっすぐで。確かに普段から真っ直ぐ過ぎるほどの男の子だとマリーヴェルは思っていたが、ここまで彼が男の子としての一面を見せたのは初めてかもしれない。

 強くなりたいというリアンの気持ちは知っていた。誰かを助けるための力になりたいという想いは知っていた。

 だけど、今リアンが話してくれた欲望は誰の為でもない、自分の為の欲望だ。誰かを助ける為ではなく、誰かを超える為の力。

 人と争うことが嫌いな少年だと思っていた。だけど、リアンが吐露してくれた想いは、負けず嫌いな少年そのものの言葉だ。

 メイアは強い。武器の差はあるが、サトゥンを除いてあのグレンフォードと唯一対等に渡りあえる女性だ。その彼女に勝つ、それはマリーヴェルが考えることを放棄していたことだ。

 経験が足りないとか、技術が足りないとか、そのような逃げ口上の全てを排して、リアンは勝ちたいと願っている。否、勝つつもりでいる。

 ほわほわしてて危なっかしい少年だと思っていた。自分が手をかしてあげなきゃと思わせる少年だった。

 だけど、マリーヴェルが持ち得なかった彼の男としての顔に触れ、マリーヴェルは胸が温かくなるのを感じていた。

 悪くないと、思う。彼のそういう一面は嫌いじゃないと思った。だからマリーヴェルは、彼の実直な想いに応えるように、笑って言葉を返すのだ。


「それじゃ、帰ったらメイアに約束を取りつけないとね。私達と一対一で戦いなさいって」

「そうだね……え、マリーヴェルも戦うの?」

「それはそうよ。だって貴方、私より弱いじゃない。そのリアンが先にメイアに勝つなんて、私のプライドが許さないわよ。

まずは私がメイアと戦うの。そして勝った私は、ふんぞりかえって貴方を応援してあげるって訳。悪くないでしょ?」

「あはは、マリーヴェルが応援してくれるなら心強いよ。僕もマリーヴェルのこと、頑張って応援するから」

「とうぜーん!声が枯れるまでしっかり応援しなさいよっ」


 笑いあい、雑談に興じながら過ごす二人だが、まもなくその時間は終わりを迎えることになる。

 船の前方で監視役を務めていた船員から大声があがり、その声が伝播するように船内に慌しさが伝わっていく。

 やがて、二人の前に船室から現れたサトゥンが、これ以上ない程にさわやかな笑みを浮かべてやってきて、告げるのだ。


「さあ、時は満ちた――この地より勇者サトゥンの魔物退治伝説が幕をあけるのだ!

天よ地よ我が名を刻め!我は勇者サトゥン、この世界の救世主である!うはははは!ミレイア、我が雄姿を己が瞳にしかと焼きつけ、村の子供達にこのサトゥンの活躍ぶりを語るがいい!

明日から村の子らが我先にとサトゥン役を奪い合うことになる、それは誰にも変えられぬ確約された未来なのだ!くははははははは!」


 マントをたなびかせ、船首へと向かうサトゥンの視線の先には、巨大な烏賊の魔物、デンクタルロスが海面から顔を出して船を威嚇していた。

 リアンとマリーヴェル、そして船室から現れたグレンフォードは己が武器を取り出すこともなく、サトゥンだけを見つめていた。

 また、瞳に焼きつけろとサトゥンから指示されていたミレイアだが、船の揺れに耐えられなかったらしく、吐き気にうなされながら船室のベッドで猫共々横になっていた。







魔人勇者マジカルサトゥン第四章。次も頑張ります。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。

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