11話 実力
ベッドから身体を起こし、マリーヴェルは霞がかった頭でありながら、朝を迎えたことを窓から差し込む光で感じ取る。
ただ、毎朝と同じ目覚めかと問われると、少しばかり異なる。いつもは太陽が真南をかける頃に、ようやく億劫な身体を起こして目覚めを迎えていたのに対し、今日は遥かに早い時刻――いわゆる早朝と呼ばれる時刻に彼女は目を覚ましていたのだ。
その理由は、昨日までの日常とは違い、人との約束があるからというものが大きいかもしれないが、それだけではないことを彼女は理解している。
先日出会った少年、リアンとの約束の時間はまだまだ先だ。それなのに早く目覚めるというのは、それだけ自分が楽しみにしているということ。それだけ自分が浮かれているということ。
意外とも言えるかもしれない、でも『らしい』とも言えるかもしれない。そんな自分に苦笑しながら、マリーヴェルは手で髪を軽く梳きながらぽつりとつぶやくのだ。『ああ、本当に楽しみだわ』と。
魔物狩りの準備を終え、マリーヴェルは宿を後にしてギルドへと向かう。
その表情はいつもの気だるそうなものではなく、少しばかり浮かれている年相応の少女の表情だ。
軽く頭のバンダナを締め直して、マリーヴェルはギルドの扉を開き中を確認する。そして、少年の姿を見つけて唇を緩める。
どうやら今日からパートナーとなる少年は、レディを待たせるような人間ではないらしい。地方の者はその辺りが適当だときいていたが、上方修正せねばなるまいと考えながら、マリーヴェルはリアンに声をかける。
「おはよう、リアン。待たせちゃったかしら」
「いや、そんなことないよ。おはよう、ミーク。早めに来て、討伐依頼を見ておこうと思って」
そう言いながら、リアンの視線はコルク板に針で止められている依頼書達に向かっていた。
彼に合わせるように、マリーヴェルも今日の依頼をざっと眺めるが、ものの数分で眉を顰める。どれもこれも低級なモノばかりで、マリーヴェルが一度経験したことのあるものであった。
このような依頼では、折角リアンと組んだ意味が無い。恐らくこの程度の魔物では、楽しむ暇も無く終わってしまうだろう。
胸の中で悪態をつきながら、マリーヴェルは真剣に見つめるリアンの邪魔をしない程度に少し距離を取る。そしてコルク板全体を見渡した。
依頼のどれもこれも、小さな依頼ばかりだ。ただ数だけは無駄に多い。いつものコルク板に張られている数の二、三倍は張られているだろうか。
そのことに違和感を覚えつつも、マリーヴェルは楽しい依頼は残って無いかを探し続ける。楽しく、そして金になる依頼だ。
じろじろと眺めていたマリーヴェルだが、ふと視線をリアンの方へと向けると、彼が必死に何かを記入しているのに気付く。
依頼書を見て、討伐してほしい魔物や必要な部位を見ては、それを小さな四角い紙面へと書き綴っていく。その様子が流石に気になったマリーヴェルは、迷うことなくリアンに訊ねかける。
「ねえ、貴方さっきから何を書いてるの?討伐依頼書に書いてある情報なんて頭で覚えられるでしょ?」
「うん、これでよし。ちょっと待ってね、受付の人に話をしてくるから」
そう笑って告げて、リアンは受付の方へと走っていく。その姿を眺めて息を吐きながら、マリーヴェルは辺りに閑散と置かれている椅子に腰をかける。
何やらギルドの受付と盛り上がってる彼はさておき、マリーヴェルはギルドのあまりに閑散とした状態に気付く。
この時間にしては、あまりに冒険者が少ないのだ。いつもなら賑わっている筈のこの場所が、自分とリアンを含めても五人ほどしかいない。
一体どうして――そこまで考え、マリーヴェルは昨日の冒険者達のにやついた顔を思い出して、理解する。そうだ、彼らは今日から王族達の護衛として北東の洞窟へと旅立ったのだ。
だからこそ、ここには人が残っていないし、何より依頼書が板にあまっているのだ。
普通なら、我先にとコルク板から依頼書を抜き取り、冒険者達は獲物を狩りに向かう。けれど、その冒険者達がいない為に、受ける人物のいない依頼書が残ったままとなっている。
そのことに、マリーヴェルは嘆息する。ギルドの依頼は一定数消化されなければ新しい依頼は増えたりしない。ギルドが供給をストップさせるのだ。
つまり、マリーヴェルの思う楽しい依頼が増えるには、この依頼書達が達成されなければならない。だが、このギルドに所属している冒険者達は軒並み出払っている状態だ。
王族様方の依頼が終わるまで、一体何日かかるのか。忌々しげに舌打ちをしたくなる感情を抑えていたマリーヴェルだが、受付での話が終ったらしく、リアンが戻ってきたことで機嫌を和らげた。
「お待たせ、ミーク。受付の人も許可してくれたよ、人がいないから逆に助かるって」
「別に待ってないからいいわよ。それより、何の話?貴方あの受付の奴に一体何を話してきたの?」
「うん、この依頼書の山がここ数日滞る見通しで困ってるって話を聞いたんだ。だから、受付の人に許可を貰ってきたんだよ」
「許可、何の?」
マリーヴェルの問いに、さも当然のようにリアンは笑って答える。
それは子供のように無邪気な笑顔で、それはごく当たり前の呼吸をするかのように。
「うん、この依頼書に書かれてる魔物、全部倒してきてもいいかって」
世間知らずの彼が紡いだ言葉に、流石のマリーヴェルも顔をひきつらせてしまっていた。
自分が手に入れたのは、この世界を面白くしてくれる玩具などではなく、とんでもない厄介な爆弾なのではないだろうかと、疑いたくなった彼女に非はないだろう。
街を出て、街道から外れた森の中で、マリーヴェルはリアンのメモを読み耽る。
そして、隣に並んで歩くリアンに、説明を続けていく。
「この森で仕留められるのは、依頼番号十六の魔獣オグロッドと十八の怪鳥オルフェービね。
数はそれぞれ四匹、部位は牙と羽。この程度の数なら、死体を探しても見つかりそうだけど……狩った方が早いわね」
「そうだね。オグロッドなら村にいた頃に何度か狩ってるから大丈夫。ただ、オルフェービ?それは初めて聞くね。強いの?」
「敵じゃないわ。大体、大きさで言ったら私の腰くらいの大きさの鳥よ。ほら、上を見なさい。私達を狙っている奴らがいるでしょ?」
「ああ、あれが……結構大きいね」
感嘆とした声を紡いで木の上を見上げるリアン。その視線の先には、鋭い眼をした大きな鳥が、二人を品定めするように数匹とまっていた。
マリーヴェルは軽く肩を動かした後、腰から二本の剣を抜く。二本のショートソード、これが彼女の愛用する武器だ。
それに呼応するように、木の上に群がるオルフェービ達は威嚇するような鳴き声を上げはじめる。
背中に差していた槍を抜こうとするリアンを、マリーヴェルは視線で抑制する。そして彼に悪戯を思いついた猫のように楽しげに提案をする。
「オルフェービは私だけで倒すわ。だから貴方はオグロッドを独りで倒してみせて」
「それは構わないけど……えっと、理由を聞いても?」
「理由なんて簡単よ。お互いパートナーとなった訳だから、互いの力の把握と理解は必要でしょう?
私が上空のアレと戦う姿を見て、貴方は観察しなさい。観察の意味、メイアの弟子なら分かるでしょう?」
「も、勿論だよ。敵にしろ味方にしろ、その動き行動全てを感じ取り、把握する事。相手の力量を見抜き、それにそった戦闘を行う、それが勝利への王道……だよね」
「よく復習してるわね、私は細かい内容まではおぼえてないわよ。だけど、大体そんな感じね。
貴方にはまず私がどんなものかを知って欲しい。そして、納得がいったなら、リアンを私に教えて頂戴」
それだけ言い残し、マリーヴェルは愉しげに笑って、空を跳んだ。
彼女の跳躍に、リアンは度肝を抜かれてしまう。恐ろしい速度で、彼女は遥か上空の木の上へと舞いあがり、敵へと肉薄してみせたのだ。
否、空を跳ぶというのは語弊があるだろう。彼女は大地に根付く大木を利用し、次々に木の幹を蹴りあげて上方へ文字通り『駆けあがった』のだから。
驚いたのは、リアンだけではない。木の上で獲物を観察していたオルフェービとて、驚愕を隠せなかった。
気付けば獲物が自分達の傍に、否、気付けば獲物である筈の人間が、自分の同胞の首を二つ切り落としたのだ。驚きどころではない。
大地に落ちる二体の首無し鳥に笑みを零しながら、マリーヴェルは目で残る四匹のオルフェービ達を挑発する。かかってきなさいよ、と。
無論、獣にそのようなニュアンスが伝わる筈もないのだが、仲間を殺され血が上ったオルフェービ達は、ある意味彼女の思惑通り、鋭い嘴をマリーヴェルへと疾走させる。
彼らの嘴は別名『旅人殺し』と呼ばれており、かなりの飛行速度を持つオルフェービは、その速度のまま旅人へと突き刺さり、息絶えた旅人を食すことで知られている。
だが、その速度が速いと言うのは、あくまで一般の旅人に対してのみにすぎない。マリーヴェルにとっては、その彼らの自慢の速度は、文字通り止まって見える程に遅く感じるのだ。
向かってくるオルフェービ達に、マリーヴェルは無駄のない動きで木の枝から枝へと跳躍しつつ、刃を疾走させる。
一匹、また一匹と一度も剣を外すことなくオルフェービ達の首を切り落とし、最後の一匹を仕留めたことを確認して、身体を宙へとそのまま投げ出す。
高さにして数十メートルはあろうかという場所からの投身に、彼女の戦闘に魅入っていたリアンは慌ててその落下地点へと走り、腕を差し出す。
そして、マリーヴェルはそのままリアンに受け止められ、愉しげに表情を綻ばせて言葉を紡ぐのだ。
「どう?私の舞は、気に入ってくれたかしら?」
「凄かった……それしか形容する言葉が思いつかないよ。あれだけの速さの剣撃や踏み込みを僕はみたことがないよ。
魔法の補助がある訳じゃないよね?多分、重心の移動と力点の決め方、何より身体の俊敏性が常識の外をいってるんだと思う。
本当、本当にすごいよミーク!このあたりの冒険者って、みんなこんなに強い人ばかりなの?」
「ふふん、褒められて悪い気はしないわ。ありがとう。そうね、私の強さは別格よ、ギルドの中で私に適う奴なんていないでしょうね」
「そっか。ミークなら、僕の師匠であるメイア様にも、もしかしたら勝てるかもしれないね」
「嫌よ、あんな戦闘狂と戦うなんて、絶対私が酷い目にあうんだから……っと、それよりも、私は貴方に相応しいパートナーかしら?」
「勿体無いくらいだよ!うん、これからもよろしくね、ミーク!」
「よろしくするかどうかは、貴方の戦闘を見てから。丁度都合のいいことに、血の匂いに誘われて出てきてくれたみたいよ?」
そう言ってマリーヴェルは顎でリアンの視線をそちらに向けさせる。
視線の先には、猪のような魔獣オグロッドが四匹ほど群れて、マリーヴェルの傍にあるオルフェービの死骸の肉を狙っていた。
戦闘にまもなく入ると悟り、リアンは腕の中のマリーヴェルを優しく下ろし、背中の獲物、神槍レーディバルを取り出して構える。
その光景を、マリーヴェルは少し離れてじっくりと観察する。槍を構えたリアンを見て、彼女は想像以上だと賞賛する。
最初に出会った時に、恐らく強いだろうとは感じていた。メイアに師事しているときいて、それはほぼ確信に変わっていた。
そして今、彼が戦闘態勢に入った姿を見て、絶対へと昇華する。隙が無い、彼の構えには微塵も隙が見当たらないのだ。
まるで背中にでも目がついているかのように、全方位に彼は槍による制空圏を築き上げている。もし、その領域に獲物が跳び込んでくれば、即座に断罪の刃を奔らせるだろう。
彼は一人にして、鉄壁の城塞を築き上げていた。これにはマリーヴェルも苦笑いしたくもなる。メイアの奴、一体どれだけの苛酷な鍛錬をこの少年に課したのかと。
この鉄壁の守りを崩すには、呼吸を乱させることがまず肝要となる。だが、獣ではそれが出来る筈が無い。
最早、マリーヴェルはこの魔物と彼の勝敗など微塵も興味などなかった。あるのは想像の世界、自分が対峙した時、どうやって彼から勝利を得るか、だ。
疾走したオグロッドの群れを、自分の突進へと重ねる。そう、相手が攻めてこないならまず自分が切っ先を作る。
彼の作りだした制空圏に、僅かばかりを踏み出す。そうすれは、ほら、あの巨大な槍が自分目がけて奔ってくる。これをどうするか。
想像の世界で、マリーヴェルが出した答えは受け流す、だ。あれほどの速さでは、完全に回避は難しいだろう。ならば剣で流して、相手の体勢を崩した状態を保持して、かつ自分は速度を維持したまま斬りかかる。いわゆるカウンターだ。
他の誰でも無い自分なら出来る、あの槍を流すことは可能だ。そう考えていたマリーヴェルだが、その自信は根元からへし折られることになる。
「ぁああああああああああああああああああ!」
咆哮と共に、リアンは槍を反転させ、刃ではなく棒状の部分をオグロッドに叩きつけたのだ。
ぱんっ、と渇いたような破裂音が響き渡ったのは、鮮血が飛び散った後だ。強烈な衝撃に耐えきれず、オグロッドの身体は飛散してしまったのだから。
呆然とするマリーヴェルだが、目の前の光景は彼女を置き去りにして続いていく。
叩きつけた槍に流されること無く、リアンは右足を大きく踏み出し、身体の芯となる足を入れ替える。そして、そのまま大きく槍を横に薙ぎ払い、少し遅れて跳びかかっていたオグロッドを二匹切り裂く。
オグロッドの毛皮が何の抵抗にもならぬほど切り裂く槍に、マリーヴェルは背筋の震えを感じずにはいられない。あの槍は、骨皮など歯牙にもかけぬ程の切れ味をもっているのだ。
薙いだ槍を両手で瞬時に持ち直し、最後の一匹をリアンは迷わず真っ直ぐに槍を奔らせ貫いた。その断罪の刃は、獲物を一突きで絶命させてしまったのだ。
目の前の光景に、マリーヴェルは最早言葉も無い。想像以上どころではない、リアンは想像の遥か上を超えていたのだ。
自分が先程までに想像していた彼との戦いを思い返す。もし、オグロッドが自分であったなら、自分はどこで死んでいた?
決まっている、最初の一撃だ。剣で受け流そうとした時点で、背骨ともどもへし折られてしまっている筈だ。こんな安物の剣では、あの槍は止められない。
では、どうすれば自分は勝てる?彼にあの槍が在るように、自分も同程度の剣があれば話は変わるのか?
そんなことを考えてしまう自分に、マリーヴェルは苦笑してしまう。あまりメイアのことをこれでは笑えないではないか、と。
だが、彼が見せてくれた光景は、マリーヴェルに一つの未来を約束してくれた。
槍を納めて、笑みを零して訊ねかけてくる彼に、マリーヴェルはとびきり愉しそうな顔を浮かべて言葉を返すのだ。
「それで、どうかな?僕はミークのパートナーに、相応しいかな」
「そうね、とりあえずの及第点!これからの働き次第で考えなくもないってところかしらねっ」
私の未来は、これからようやく輝きだすのだ。この胸に溢れる何事にも代えがたい興奮を、彼はこれから先、きっと何度も自分に教えてくれるだろうから。
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