後編
●主人公視点というもの
「大いなる魔女の意志を継ぎ――」
変身シーンを省いて欲しいというのは俺のワガママだろうか。変身ステッキからあふれ出す光に包まれながら、俺の意思とは無関係に口からは変身寺の台詞が流れ出している。
(つーか、プレイングでは省いたのになんで律儀に変身してんだよ)
実際の行動結果であり作家の書き起こした小説なら省略されて居るはずの場面だと思うのだが、描写省力で暗転とかにならなかったのは、俺が実際にキャラの身体で参加しているからなのか。
(ひょっとして俺の想像力が描写されていない部分を補ってるのか?)
だとしたら我ながらもの凄く余計なお世話だと思う。
「雑魚ばかりだが、油断せずに行くぞ」
と言う想定内の台詞を口にしつつ物陰に入ったとたん、俺の右手は何の躊躇いもなく変身ステッキを振っていた。何というか、予想通り身体の自由は効かず、プレイングにそう形になるよう別の誰かが自分の体を動かしている――そんな感覚だった。
(自分の身体が思うように動かないって言うのに気持ち悪さはねぇが……)
事実、今の俺は既に少女となり脇に置いておいたコートとマフラーを着用することで痛恥ずかしい魔法少女のコスチュームが見えないようにしている真っ最中だった。
(あー、なんだ。これは割切れって事か?)
冬場は見てるだけで鳥肌が立ちそうな丈のミニスカート。デザイン性を追求するあまり狭い場所を通り抜けようとしたら引っかかりそうな飾り羽根。とりあえず、黒を基調にした暗めの色合いなコスチュームという形でイラストを頼んだ過去の自分だけは評価するが。
(恥ずかしぃぃぃぃぃぃっ!)
コートを羽織ってるから恥ずかしくないモン、だとかそんな自己暗示じゃ誤魔化しようのないいたたまれなさが、俺の心を打ちのめす。
「さ、行きましょ」
プラスαで今の俺は女口調だ。もちろん、魔法少女になった時点で声もちょっとハスキーではあるが外見相応な少女のものにかわってはいる。
(が、変わってようがしゃべってるのは俺なんだよなぁ)
身体の自由が効いたなら、俺は全力で遠い目をしていた事だろう。
「ふふっ、よろしくてよっ」
口元に手を添えて胸を張る変身後の晴海についてはスルーだ。何というか高飛車お嬢様キャラになっていた今回のパートナーは、一応俺同様に目立たないようロングコートを羽織っている。羽織ってはいるのだが……。
(わかってたことじゃねぇか)
犯人もどきのままだったのだ。ただし、コートだけはちゃんと描写されている。たぶんプレイングで触れた部分は可視化されると言うことなのだろう。ただ、コートだけ普通だが中身は影法師のような全身タイツ姿。
「急ぎませんこと? 時間に余裕を持って行動は基本でしてよっ」
自信満々な様子とのミスマッチもあれだが、何というか微妙にキャラがうざい。晴海は何を思って自分の分身をこんな性格にしたのか。
(まさか俺の気を紛らわせる為か?)
などという考えが頭を過ぎったのは、パートナーの行動がやたらと俺を構いたがったからだが。
「べ、別に貴女のことが気になっていた訳ではありませんわ。その、今度のクリスマスに――」
晴海の口から出た次の台詞が真相をこれでもかと言うぐらいに語っていた。全ては恋人ゲットの為だと。
(もう、何も考えない方が良いかもな)
放っておいてもプレイングを提出している以上、身体は勝手に動いてくれるだろう。
「そろそろね」
現場にたどり着いた俺は腕時計に目を落としつつ、ステッキを空にかざした。むろん、俺の意思ではない。いや、プレイングに記載しているという意味では俺の意思か。
「やっ!」
ステッキを向けた先に向けて光が伸び、光を刃に見立てて切り取ることで世界から隔離した空間を作る。そして作り出された隔離空間内の存在は決して外部に影響を及ぼすことが出来ない。
「まぁ、見事な結界形成だこと」
「それより、来るわよ」
だからこそ、全力をぶつけられる訳でもあるのだが。
「あ」
何もなかった空間が禍々しく変色し、次の瞬間こぼれ落ちたのはバスケットボールほどもあろうかという球体だった。
「玉?」
クリーム色をしたそれは地面に落ちるなりアスファルトを転がって側溝につっかえる形で止まる。
「たぶん卵ね。おそらくは、生物系」
災厄を分割疑似生命に変換するシステムによって誕生する魔法少女達の討つべき敵は、元の災厄の種類によって疑似生命の姿が変化する。害虫の異常繁殖などに端を発すれば虫の姿に、隕石の落下ならば人の形を作った石の集合体と言った具合だ。
「キシャァァァッ」
「ひっ」
いきなり卵の殻を突き破って出てきた敵の姿に晴海は思わず悲鳴を漏らし。
「これ、女の子には辛そうね、大丈夫かしら」
シナリオの説明文でもあった文章に記載された情報から当たりをつけていた俺は、動揺することなく自分のプレイングが採用されキャラが予め決めておいた台詞を話す姿をすんなり受け止める。
「なっ、何でそんなに余裕がありますの?!」
生まれてきた疑似生命はぶっちゃけ気持ち悪い。芋虫を大きくしてゲジゲジのような足を生やしたらこんな感じになるんじゃないだろうか。晴海のリアクションも当然と言えば当然なんだが、キャラとしての設定でも変身前は男なのだ。
(いや、男としてそこで動じちゃ格好つかねーだろ)
見た目が少女なのはこの際脇に置いて胸中でツッコミを入れてみるが、おそらく晴海には届くまい。そもそも、俺のキャラにしろ晴海のキャラにしろこの気持ち悪い虫を倒す為に来ているのだ。
「シャァァッ」
「あら、せいぜい楽しませて頂戴ねっ」
口の端をつり上げた俺は不可視の盾を晴海に付与すると同時に飛びかかってきた疑似生命から身をかわし、走り出した。
●リアルになるということ
「フシャァァッ」
「はぁっ!」
「グシュベッ」
飛びかかってきた虫が俺の振るったステッキに殴打され仲間の元へとかっ飛んで行く。
「晴海ちゃん、正面に追い込んで! 気持ちはわからないでもないけれど、これもお仕事よ」
「や、やってますわっ! くっ、ううっ」
虫を見るなり顔を歪ませた晴海の反応は素の反応の様な気もするが、あの反応もプレイングに従った動きの一部でしかない筈だ。
(まぁ、虫が大丈夫だったとしてもきついモンがあるよな)
別に素の反応と同じでも何ら問題は無い、バスケットサイズの気持ち悪くてグロテスクな幼虫もどきが飛びかかってくる状況に置かれて平然としていられる方が少数派だろう。
(これと戦うのが使命である以上、慣れなきゃいけねぇってのは酷なのかね)
オートで身体が動いてくれるからこそ今の俺には考え事をしている余裕が充分にある。と言うかそもそも考えることしか出来ない。顔の向きも視線の向きも勝手に決められるからこそグロテスクな虫の身体を直視せざるを得ず。
「はうぅぅ」
「視線を逸らさない、隙を見せたら飛びかかってくるわよ」
しっかり見ていなければ、虫の体当たりもかわせない。おそらくは作家アドリブで俺の口は晴海を叱咤しつつ、自分に向けて飛びかかってきた幼虫もどきを蹴り飛ばすことで体当たりを回避する。
「シュグッ」
「まずはこれよ、燃えなさいっ!」
アスファルトにバウンドして転がった虫に追撃を加えるように俺の手はステッキを振るって魔法陣を描く。着弾点で爆発、広範囲に効果を及ぼす火球を撃ち出す攻撃魔法は、完成した魔法陣から生まれ出でて蹴り飛ばした疑似生命を追い越し、複数集まった幼虫もどきの中心に接し、爆炎の華と化す。
「ヒシャァァァ」
「ギィィィッ」
火だるまとなった虫がアスファルトを転がり、半身を爆発に吹き飛ばされた個体がのたうち回る。
(うおっ、無駄にリアルすぎんだろ)
身体をくねらせる様が、昔じいちゃんの手伝いで畑の害虫退治していた時の光景とダブって見えて、俺は顔を引きつらせた。もちろん、実際にはキャラの中の俺の意識がそうしただけなのだが。
「まぁ、この程度で瀕死とか……意外とあっさりね」
キャラとしての俺はそんな事をのたまいながら不満げな顔をしていた。
「嫌ぁぁぁぁっ!」
ちなみに晴海は一層酷くなった光景を見て涙目になりながら絶叫している。
(文章と実際のビジュアルは想像力ないと別物だからな)
この辺りはトリップものの話でトリップさせられるキャラならそこそこの確率で通る道なのだが。見せられて罰ゲームにしかならないような光景はゲームなんかでも省かれる。読み物なら省かれない事はあったとしても読み飛ばすことだって出来るし、避ける手段はあるのだ。
(が、リアルじゃこうなるわな)
目を背けたくなるような気持ち悪い幼虫もどきの死骸。視界の外に追いやるにも今はまだ生き残りの居る戦闘中、しかもどこを見るかを決める権利はプレイングに描かない限り中の人間にはない。
(こうなってくると気になるのは、痛みと死か)
勝手に動く身体がこの世界のルールを色々と教えてくれてはいるが、対峙する虫が雑魚の為か今のところ俺の身体はノーダメージのままだった。プレイングを入力する前、ミケに驚いて転けた時は痛かったが、あれは自分の意思で身体を動かせた時の話。
(どっちも体験したくねー。つーか、後者は体験した時点で詰みだしな)
これが夢でキャラが死亡したら目が覚めるというなら話は別だが、試してみるのはリスクが高すぎるし、自殺する気にもなれん。
「雷よっ」
意外と冷静に考え事をしている間も、俺の身体は別の魔法陣を描き、生じた雷で飛びかかってきた虫を打ち据えている。
「来ないでよぉぉぉぉっ!」
晴海は攻撃をしかけてきた相手に倍返しを行う迎撃魔法で飛びかかってくる幼虫もどきを屠りつつ泣き叫んでいた。高飛車キャラがどっかにいってしまっているが、素はああいうキャラという設定なのかもしれない。
(ツッコむのも無粋だし、こいつら片づけて終わりって訳でもねーしな)
疑似生命の誕生は複数箇所で起こり俺達はこれに複数のペアを作ることで対処している。だったら手こずっている味方の加勢か、と思うかもしれないが、それは違う。
(このシナリオが終わったら元の世界に帰れますように)
俺は祈った。もし帰れなければ、女の子に変身して戦うこの羞恥プレーが延々と続く事になる。帰れるのが最善だが、帰れなかったときのことも考えておく必要があるだろう。
「ふふっ、終わりにしましょ……せいっ!」
俺が心の中で祈りを捧げる間も、身体の方は嬉しそうに笑みながら幼虫もどきをステッキで撲殺している。たぶん今、台詞を口にしながら緑の汁飛び散らせて殺ったのがラスト。
「ふ、ふ、お、ほーっほっほっほ! 私達にかかればこんな……うっ、ぐす……おうちかえりたい」
高笑いで色々と嫌なものを笑い飛ばそうとして失敗した晴海もだが、接近戦等なんぞしたせいで俺達はいつの間にか体液まみれになっていた。
(変身ものの魔法少女であったことにここだけは感謝だな)
このままの格好で帰らずに済むことに心の中で感謝しつつ、俺が見届けるのはこのシナリオのエンディング。
「さてと、合流するぞ?」
少年の姿に戻ってご都合主義的な結界から抜け出した俺は、魂が抜けかけた晴海の腕を引きながら仲間達との合流地点を目指す。そして合流後、きっとこういうのだろう。
「わざわざ名古屋まで来たんだ。寄り道しないか?」
と。
ちなみに、実際寄り道して名古屋名物を堪能し帰路についても元の世界に戻れなかったのは、言うまでもない。つーか、回想シーンで言ったよな二週間前のことだって?
そう、今も俺は元の世界に戻る方法を探しながらPBWの世界でシナリオをこなしつつ生きている。
「『俺達のPBWはこれからだ!』って奴ですね、アキラさん?」
「違うわぁぁぁぁっ!」
完?
思ったより時間がかかりましたが、これにて完結です。
打ち切りエンドっぽいのは仕様。
未完のままにはしておけませんからね。
ご愛読ありがとうございました。