98.マコとエレーン
タロちゃんの部屋に現れたその猫ちゃんは、エレーンと言ったわ。
わたしは最初、何かの冗談だと思ったの。
どこかで大掛かりなドッキリが仕掛けられていると思ったのよ。
タロちゃんがエレーンを呼んだ時、部屋の電球がしばらく点滅したわ。
点滅の後にはジーって音が響き始めたの。
タロちゃんの右肩の上辺りからふわっと現れたのが、エレーンだった。
タロちゃんから事の顛末を聞けば聞くほど、わたしは思ったのよ「これはドッキリでしょ」って。
だってその猫ちゃんたら、「待ちくたびれちゃったわよ」とか、ぶつぶつとつぶやくんだもの。
(安いワインを飲みすぎたせいかしらって思うわよね、普通は)
『あんたがマコちゃん?』 しっぽをゆらゆらと揺らしながら、猫ちゃんがわたしを見つめる。
「この人がマコさんだよ。そしてマコさん、この猫ちゃんが”エレーン”だよ」とタロちゃんは互いを紹介する。
わたしは頬をつねった。・・・夢じゃない。
『よろしくね』 とエレーンなる猫ちゃんがわたしにウインクする。
かわいいわ。
わたしはようやく現実としてエレーンを認めた。
話してみるとエレーンは実にエレガントでクレバーだったわ。(”聡明な淑女”とは彼女のためにあるのよ、きっと)
わたしが恋人としてタロちゃんを選んだ事は賢明だったと彼女は言う。
彼の魂は愛によって輝いているのだと。
タロちゃんをそう理解した彼女を知り、わたしはエレーンが大好きになってしまったの。
そうしてわたしとエレーンは親友になったのよ。
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わたしたちはタロちゃんのいない時間、色んな話をしたわ。
(仕事のない休日や仕事帰りに、わたしは遊びに来ていたの)
わたしはファッション雑誌を持ち出し、次に買う洋服をエレーンに相談したり(彼女のセンスは一流だったわ)、料理の話で盛り上がったりしたのよ(彼女は和食と中華とイタリア料理に興味を持った)。
意外な事に、エレーンは色んな種類の本を読んで欲しいと望んだ。
わたしは喜んで本を持ち込んだ。(タロちゃんの部屋は確実に狭くなっていった)
歴史、超常現象、新聞、週刊誌、地図、etc・・・
エレーンの理解力は素晴らしかった。
一つ知識を得る毎に、自分の知識を結びつけて行った。
エレーンはわたしに教えてくれたの。自然を信奉する彼女は、宇宙の言葉を理解したのだと。
(だけど”鷹”ほどではない、とも言ったわ)
『人間はすごいわね』 エレーンはある日、新聞と歴史の本を読んだ後でため息をついて言った。
『こんなに色んな物事を記録してカテゴリにまとめているのだもの』
それだけに残念ね、と彼女は身体を丁寧に舐めながら言ったのよ。
『事象をいくらかき集めても、そこから答えは見つからない』
「むつかしいことを言うわね」 わたしはワインを一口飲んでエレーンを見つめた。
タロちゃんなら分かってるんじゃないかしら、とエレーンは言う。
じゃあ今度タロちゃんにも聞いてみよう。
そうしてわたしたちはファッション雑誌に目を向けた。
今年の冬はスカーフが良い感じね。