95.マコ、タロを待つ
タロちゃんが帰ってくる。
わたしはその日、いつもより仕事を早く切り上げた。
ナリタ会長の屋敷では、今日帰ってくるタロちゃん達一行を「帰還祝い」で迎えると言う。
アタル室長を始め、事務局のみんなも手伝いを兼ねて出席する。
「もちろん栗木さんも行くでしょ」アタル室長はわたしを振り返ってそう言った。
わたしは首を振る。どうして?と室長が不思議そうに聞く。
疲れて帰って来る恋人の部屋を綺麗に整えてあげたいのだ、と説明すると事務局のみんなに冷やかされた。
あついあつい、とはやし立てるみんなに向けてVサインで答え、「お先に失礼します!」と頭を下げて事務局を飛び出す。
だって、寂しかったんだもの。
久しぶりに会えるタロちゃんを想うと涙がでそうになるんだもの。
会ったらきっと抱きつきたくなる。顔を見たらキスしたくなるに決まってる。きっとボロボロ泣き崩れてしまう。
それがよく分かるから、わたしはパーティには行かないんだ。
その代わりにタロちゃんの部屋(とても汚れている。まるで泥棒に入られたかのように)をお掃除するんだ。
床が見えるまで掃除して、カビの生えた汚れ物は捨てて、生き残った奴をお洗濯するんだい。
そうだ、ご飯はどうしよう。
きっとパーティでたくさん食べてくるよね。
ワインとカップ焼きそばとカップラーメンを買っておこうかしら。(料理は悔しいけどタロちゃんに勝てないもん)
そうしてわたしは走ったの。木枯らしの吹く街を。買い物をして、タロちゃんの部屋にむけて。
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久しぶりに訪れたタロちゃんの部屋。
・・・ここは本当に人が住んでいたのかしら。
わたしは慌てて部屋の窓を開け放つ。
もっさりと淀んだ部屋に新鮮な空気が吹き込む。
たぶん台所だ。あそこが怪しい。
シンクに溜まった生ゴミを捨て、排水溝まで掃除する。
シンクの横にも色んな物が落ちている。冷蔵庫も大変な事になっている。
よく見ると部屋中にカップラーメンの食べかけやらパンのかけらが散らばっていて、わたしは本気になる。
よっしゃーっ、と一声叫んで腕をまくり、わたしは掃除に没頭する。
捨てるものを大型のゴミ袋にまとめ、洗濯すべき物を選別し、布団をベランダで干す。
掃除機で乾いたホコリを吸い取り、洗剤と雑巾で部屋を磨く。
ようやく深呼吸できる部屋になった時にはすっかり陽が暮れていた。
布団を取り込み、洗い終わった洗濯物をベランダで丁寧に干していく。
タロちゃんの大きなTシャツ。わたしが二人入りそうだわ。
わたしはベランダから空を見上げる。
大きな月がほっこりと浮かんでいた。
実在の地名その他が出てきますが、細部は作者の創作です




