93.取材旅行38(猫一族との別れ)
森山夫婦は言う。
「タロさん。あなた達と出会えて本当に良かった」
「寂しいもんじゃねえ、あんた」
二人は夏の間、自分達だけが猫一族と共に村を守ると言う。
(秋の始まりと共に、村の人間は少しずつ戻って来るらしい。自給自足では生活が補えないために出稼ぎが必要なのだ)
「何か困った時にはいつでも連絡してください。必ず力になります」とタジマが言う。
「わたしもですわい。超常現象研究家として、ペット用品の父として、この村を放ってはおけんのです」
猫山さんも熱く語る。
「僕も楽しかった。ありがと。おじいちゃん、おばあちゃん、それから猫族のみんな」
ツヨシがうつむきがちにそう言うと、森山夫婦は彼をしっかりと抱き寄せた。
「ツヨシちゃん。あんた若いのに偉いね。たまには田舎に遊びにきんしゃい。じいちゃんとばあちゃんは大歓迎じゃけぇね」
おそらく彼らは知っているのだ、ツヨシの心を。脆くて危うい心の内を。
やがてツヨシはしくしくと泣き始めた。
少しずつ、少しずつツヨシの泣き声が大きくなり、やがてえんえんと号泣する。
「おぅおぅ、わかっとるよ。じいちゃんもばあちゃんもわかっとるよ」
何度もツヨシの頭を優しくなでる森山夫婦。
ツヨシの足元でしっぽと身体をこすりつける猫達。
よかったな、ツヨシ。お前は一つ扉を開いたんだな。
僕はツヨシの心がほぐれるのを感じる。
止まった時が動き始めた針の音を聞き取る。
冠山の麓には優しく風が吹き抜ける。
”かちゅ”が優しく唄い始める
涙を拭ったツヨシが微笑む。
ふぉっ、ふぉっ、と長老が微笑む。
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「心配しなくても、あたしは時々帰るわよ。”猫森村の次元”はどこからでも繋がるんだもの」
エレーンがそう言うと、猫一族はほっとした表情で頷いた。
「おみやげ持ってきてね」と”かちゅ”が言う。
もちろんよ、とエレーンがウインクする。
僕もついてく、とかちゅが言う。
エレーンが睨むと、はっとした表情で”かちゅ”は身体を舐め始める。
ばつが悪くなったのだ。
僕達はさよならと言い、車のエンジンをかけた。
ぶるるんと取材車が震え、走り始める。
僕達の車を猫達が見送る。
首を長く伸ばし、しっぽを左右に揺らしながら。
エレーンは助手席から彼らの姿をいつまでも見つめていた。
僕はエレーンの為に音楽をかける。
-ノクターン第2番変ホ長調op.9-2(F.Chopin)
(「ぴあの」とかちゅの声が聞こえたような気がした)
彼女のしっぽが揺れ始めた。
実在の地名その他が出てきますが、細部は作者の創作です