92.取材旅行37(取材と守り)
食事を終えた僕達は、昨夜の計画を綿密に確認しあった。
-そして、収録が始まる。
次元を戻した世界で、僕達は冠山の麓を訪れる。
(そこには本物の廃村が存在している。一族がもしもの為に確保しているのだ)
森山夫婦が村の一軒に住んでいる。
取材車は村に到着する。
取材車に近づく哲夫さん。
僕達は言葉を話す猫を探していると説明する。
「そりゃあたぶん、うちの”かちゅ”の事じゃね」と森山さんは言う。
やがてカメラの前に”かちゅ”がふらりと現れる。
『にぃぼち~』と”かちゅ”は鳴く。
「にぼしをねだっとるんじゃ」 静子さんが説明してくれる。
よしよし、と言って”かちゅ”の頭をなでてやりながら、静子さんはエサ皿に煮干を二匹入れてあげる。
『うみゃぃ』と鳴きながらゴロゴロと喉をならす”かちゅ”。
「いったいどうして話すようになったのですか?」と僕は森山夫婦に金ぴかマイクを向ける。
「そりゃあ、あれじゃよ」哲夫さんが珍しそうにマイクを見つめながら説明してくれる。
「毎日の積み重ねじゃ。”にぼしがうまいか?”と問いかけ続けるんじゃ。まあ、五年は掛かったがねぇ」
感慨深そうにそう話す哲夫さん。
なかなかの演技力である。
「いやあ、ようやく”伝説の猫”に出会えましたわい。ありがとう。ほんとうにありがとう」
サングラスをかけた猫山さんが収録の最後をうまく纏めてくれた。
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「カァ~ット!!」
撮影現場にタジマの声が響き、僕達はみんなで抱き合う。喜びを分かち合ったのだ。
うなん、とかわいく鳴く”かちゅ”。
「ありがとうね。おかげで良い映像が撮れたよ。かちゅの演技も大したものだったね」
そう言って”かちゅ”を抱きしめる。
かちゅの鼻にキスをする。
-背中越しに強い視線を感じて僕は振り向く。
「あたしを忘れてるわよ」
エレーンが長老と共に取材車の陰から顔を出す。
はっとした表情で”かちゅ”は僕の両手から飛び降りる。
彼ら(長老とエレーン)を収録から外したのには理由があった。
守るべき本物は村と共に守らねば(隠さねば)ならないと、僕達は考えたからだ。
取材が放映された後、好奇心に駆られて心無い人々が村を探すであろう事を、僕達は危惧したのだ。
そう説明した僕に、長老は深くお辞儀した。
「ありがとう。あんたは一族の恩人じゃ」そう言って僕を抱きしめた。
くすぐったいよ、長老。
そして長老がエレーンを見つめた。
「タロさんに一つ頼みがある」彼はとても真剣な顔を僕に向ける。
エレーンも僕を見つめる。
吉和冠山から吹き降ろす風に吹かれながら、僕は彼らの言葉を待った。
「タロちゃん」とエレーンが言う。
首をまっすぐ伸ばして。
まあるい瞳で。
「あんた、帰っちゃうのね」
エレーンは言う。
「ここから居なくなるのね」
そうだね。と僕は言う。
「”天狗”は”鷹”となってタロちゃんを加護しているのね」
そうらしい。と僕は言う。
「じゃあ、あたしも連れて行きなさい」
エレーンはきっぱりとそう言った。
風が強く吹いていた。
おいで、と僕は両手を広げる。
エレーンが長老の肩から、僕の両手に飛び込む。
僕はエレーンの鼻にキスをした。
「これも運命じゃ」そう言って長老が笑った。
ふぉっ、ふぉっ、と長老の笑い声は続いたのだ。