90.取材旅行35(即席のステージ)
音楽が聴きたい。
踊り終えた猫一族は口を揃えてそう言う。
いいだろう。
僕は強く頷き、取材車からCDラジカセを持ってきたのだ。
森山家にラジカセを持ち込むと、村のみんなが首を長く伸ばして覗き込む。
猫達は鼻をひくひくさせて、しきりに確認している。
「爆発とかはしやせんのでしょうか?」森山さんの奥さん(静子さん)が心配そうに伺う。
大丈夫ですよ、とツヨシが言う。僕達も頷くとようやく安心したようだ。(猫達は一斉に毛づくろいを始めた)
やがて部屋の中に音楽が流れる。
-ザ・クリスマス・ソング-ナットキングコール
おぉっ、と猫族が歓声を上げる。
「雪の音だ!」「ほんとね!雪の中にいるみたい!」
猫の感性はさすがである。(この曲には雪の積もる音をミックスしていたからだ)
良い曲は時代を超えて心に響く。
森山家はその夜、即席のステージとなったのだ。
-WHAT YOU WON'T DO FOR LOVE -ボビー・コールドウェル
猫達のダンスが再開する。彼らはうっとりと揺れている。
-リヴィン・イット・アップ -ビル・ラバウンティ
とても気分がいいのだろうか、お腹を見せて寛いでいる。
-愛の夢第3番変イ長調S.541-3-(F.Liszt)
彼らの動きが止まる。耳だけを大きく掲げて。目を細めて聞き入る。
「ぴあの」と”かちゅ”がささやく。
暖かく、幸せなピアノの音色が部屋を満たした。
猫達は静かに涙を流していた。
「タロさん、改めて礼を言わせてくれんか?」長老が潤んだ瞳で僕に言う。
どうしたんです?と僕は聞く。
「うれしいんじゃ」長老は言う。日本酒を舐めながら。
「鷹の紹介とはいえ、わしらは正直言うと心配じゃったんよ。
ここまで守ってきたわしらの秘密。それを壊されるのが怖かったんじゃ。
いくらわしでも、隠すのには限界があるしのぅ」
わしらが長い年月をかけて守ってきたのは、”愛”なんじゃ。
長老の言葉に猫一族が続く。
「そうよ」「あたちたちは愛そのものなの」
よく分かります、とタジマが頷く。
誰にもジャマはさせませんぞ、猫山さんも真剣である。
「問題は」とツヨシが口を開く。
「取材を放送して、ここが危ない目に合わないようにすることだよね」
ぼくはツヨシの肩を抱き、その通りだよと言った。
そうして僕は取材の計画をみんなと相談したのだ。
真実を伝えつつ、みんなを守るべき計画を。
「それでは、明日取材しますからね。みなさんご協力をお願いします」と僕は頭を下げた。
みんなは僕の提案を喜んで受け入れた。
ようやく安心した彼らは再び踊り始めたのだ。
-リベルタンゴ-(Yo-Yo Ma)
チェロの音色に合わせてしなやかにしっぽが踊る。
たくさんの夜の虫とカエルたちが合唱する山の中で、僕達の宴は続いたのである。
実在の地名その他が出てきますが、細部は作者の創作です