89.取材旅行34(猫森村の人間・歓迎の宴)
エレーンに案内された家には、二人の老夫婦が僕達を待っていた。
「よぉ来てくれました。疲れましたでしょう」
満面の笑顔で迎えてくれた彼らと、僕達は握手を交わして喜んだ。
僕達は自己紹介をした。
うんうん、と老夫婦は笑顔で頷きあう。
「わしは”森山哲夫”です」と自己紹介をしてくれる。
「こっちは家内の”静子”ですわ」静子さんは哲夫さんの横でお辞儀をする。僕達もお辞儀を返す。
通された居間の囲炉裏を僕達は囲み、お茶を頂く。
つまらんものですが、と山菜の漬物を差し出してくれる。
香ばしいほうじ茶に漬物が実に美味しくて、僕達はとても心地よく寛いだ。
「この村の猫ちゃん達は実にすばらしいですな」と猫山さんが言う。
「まさに奇跡の村ですわい」
それはよかった、と森山夫婦は声を合わせる。
「エレーンから聞いたんじゃけどね」哲夫さんが口を開く。
「タロさん、あんたが”鷹”に導かれたんじゃね?」
そうです、と僕は頷く。そして長老に話した内容を彼らにも話して聞かせたのだ。
「なんとまあ、不思議な縁じゃねえ」話を聞き終わり、静子さんは頬に手を当ててしきりに頷く。
「”天狗”はこの村の伝説となっとるんよ。ねぇ、あんた」
哲夫さんも静子さんに促されて頷く。
「今夜はぜひ家に泊まってくれんかの?”天狗”の話を聞かして欲しいけぇ」
とは言っても大したもてなしも出来ないが、と森山夫婦は顔を見合わせる。
そうして僕達は遠慮なく森山家に宿泊させて頂く事にしたのだ。
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その夜の森山家。
長老は猫である秘密をばらされても全く気にしなかった。
「あんたらには話すつもりじゃったからのう」
そう言ってエレーンをなでた。エレーンはぺろりと長老をなめる。
村のあちこちから猫達が集まる。
長老とエレーンが順に彼らを紹介してくれた。
三毛猫の”かちゅ”。「こんちわ」
黒猫の”あい”。「よくきたわね」
白猫の”ミュー”。「またたび、ありがとうよ」
同じく白猫の”ララ”。「カツオブシもってない?」
トラ猫の”とら”。「ひざにのってもいい?」
ぶち猫の”みみ”。「あたちものっていい?」
紹介は絶え間なく続く。
そして宴会は夜通し盛り上がった。
僕のひざにも、ツヨシのひざにも、猫山さんの頭にも、タジマの肩にもそれぞれ猫達が寄り添う。
彼ら(猫一族)は実に饒舌であった。
自分達の次元について、伝説について、歴史について
話すべき事は尽きなかった。
彼らは飢えていたのだ。
隔絶された世界を選んだ自分達の歴史を、語るべき時を待ち望んでいたのだろう。
その気持ちは僕達にもよく分かった。
彼らが望んだ世界は、あまりにも時代と相反していたのだ。
しかし、僕には彼らのほうがまっとうな生き方であると思えた。
僕がそう言うと、長老は嬉しそうに頷いた。
「な、本物じゃったろうが」長老が聞き、猫達と森山夫婦は一斉に頷いた。
「いいひと!」「タロちゃん好き!」たまらなくなった様子で猫達が叫ぶ。
僕はくすぐったくなる。
エレーンが僕の肩に飛び乗り、耳をがじがじと齧った。
「合格よ」と彼女はささやいた。
エレーンが認めた、と猫達が口を揃えて驚く。
それが嬉しいシルシであるらしく、猫達は踊りだす。
ランタンの灯りの下で、僕達はとても暖かい時間を過ごしたのだ。
実在の地名その他が出てきますが、細部は作者の創作です