88.取材旅行33(エレーンの案内2)
「次のお家でごちそうするわ」
エレーンは僕達がきちんと着いて来ているのかを確かめると、そう言った。
「彼らは人間よ。あなたたちの事を楽しみにしているの」
「長老は?人間じゃないの?」
エレーンの言葉に僕は違和感を覚えて聞き返した。
彼女は、しまったという顔をして立ち止まる。
首をすくめて毛づくろいを始めたエレーンはあきらかに何かをごまかしている。
あやしい。
僕は猫山さんに合図する。
猫山さんがポケットから例の物を取り出し、エレーンにチラリと見せる。
「またたび!」
信じられない速さで猫山さんに飛びつくエレーン。
猫山さんはとっさにまたたびを僕に投げる。
僕はエレーンにもう一度質問する。長老は何者なのかと。
「あーあ。あたしもヤキが回ったもんね。またたびに負けるなんて」
そう言いながらエレーンはじりじりと僕の掴んだまたたびの小枝に近づく。
しっぽをまっすぐに伸ばして。足音を忍ばせて。
もらったわ! とエレーンが叫んだ時、彼女は既にまたたびを咥えていた。
恐るべし、エレーン。
またたびに身体をこすりつけ、踊りまくるエレーンは幸せそうである。
僕達は彼女が落ち着くまでのおよそ20分をぼけっと眺め続けた。
背後にたくさんの気配を感じて振り向く。
そこには、さっき別れたばかりの猫達がいた。
ギラギラと大きな瞳でまたたびを見つめている。
こ、怖い。
さすがに独り占めをすることに堪えられなかったのか、エレーンは彼らに分け与えた。
「一人5回ずつよ。5回踊ったら譲ってあげなさい」
気品を漂わせてエレーンが指示すると、猫達は行儀良く一列に並んで楽しみを共有し始めた。
たくさんの猫達が踊る中でエレーンが重い口を開く。
「長老にはちゃんと言っておいてよね。あたしが勝手にしゃべったんじゃないって」
うん、ちゃんと言っておくよ。
そう僕が請け負うとようやく彼女は教えてくれたのだ。
長老はこの村一番の長寿猫であることを。
彼は次元を操る”奇跡の猫”なのだ。
「見た目が猫に見えないね」と僕が言う。
「長く生き抜いた猫だもの。変態したのよ。おたまじゃくしとカエルみたいなもんよ」
そんなことも知らないの?とエレーンは意外そうな顔をする。
「”猫の七継ぎ松”は知ってるわよね?あれも変態した猫だったわ。
主人のおばあちゃんを食い殺したとか言われたけど、違うのよ。おばあちゃんを慕っていたからなんだわ」
そうだったのか。
僕達はひどい勘違いをしていたようだ。
「だから守りの村を置いたのよ。悪い風潮に一族が滅ぼされないようにね」
とんぼの飛び交う野原の一画で、踊る猫一族。
彼らの幸せを壊してはいけない、僕達はそう心に決めたのだ。
実在の地名その他が出てきますが、細部は作者の創作です