87.取材旅行32(エレーンの案内)
長老は少し眠ると言って奥の部屋へ消えた。
後はエレーンに村を紹介させると言う。
「それ、持ってきてね」エレーンが煮干の袋を見つめる。
僕達は煮干の袋と共に彼女に従った。
村は5軒の藁葺き家屋で構成されていた。
2本の川が流れており、村の出口で合流していた。
村の周囲は背の高い木々に囲まれ、山に包まれていた。
長老の家が一番入り口から遠く、入り口を取り巻くように4軒が建ち並んでいた。
村のいたるところに猫達がいた。
一人一人(一匹一匹)に僕達は紹介されて歩く。
「みんながみんな話せるわけじゃないのよ」とエレーンは言う。
「”かちゅ”。ちょっとおいで」エレーンに呼ばれて、川のほとりから三毛猫が現れる。
「こんちわ」と”かちゅ”が言う。
こんにちは、と僕達はお辞儀をする。
「この子はステキな歌を唄うのよ」エレーンが促す。
体を舐めるのを中断した”かちゅ”は歌を唄う。
ナン、ナーン、にゃごりょょょ~♪
村に彼の歌声が響く。
川面で魚が跳ねまわる。
にぃにゃ、にゃごりりぉ~♪
彼の歌声に合わせて続々と猫達が集まってくる。
やがて全員が合唱を始めた。
にゃぁにゃ、ナンゴーりょぉ~・・・・
ナンナンナ~ゴォリョ~♪
うっとりと最後のくだりを唄い終わり、彼らが僕を見つめる。
ひょっとして、と僕は聞いてみた。
「オンブラ・マイ・フ(Ombra mai fù)?」
おぉっ、と彼らは歓声を上げた。
「うん、あたりだよ」”かちゅ”は僕の肩に飛び乗り、うなじの髪をペロペロと舐めた。
「この曲ね、昔”天狗”が良く唄って聞かせてくれたの。あんた知ってる?」
”かちゅ”はとてもかわいい声で僕に尋ねる。
うん、知ってるよ。と僕は答える。
-ヘンデル作のオペラ『セルセ』で唄われるアリアであり、ペルシャ王セルセが劇中で歌うのだ。
-木陰を愛した歌である。(※wikipedia参考)
-伸びやかなファルセットでオペラ歌手のキャスリーン・バトルが表現し有名となった。
おぉっ。再び彼らは歓声を上げる。
「あんた、音楽を知ってるね」”かちゅ”は僕の頬をペロペロと舐めてくれる。
僕達の車で音楽が聞けることを知ると、猫達は口々に叫び始めた。
「聞きたい!!」「今聴きたいよ!」「音楽さいこう!!」
あとにしなさい、とエレーンが一喝するとみんな静かになる。
エレーンは僕の肩に乗ったままの”かちゅ”を睨む。
はっとした表情で”かちゅ”は僕の肩から飛び降りた。
優雅にエレーンはきびすを返して、僕達をいざなう。
また後でね、と僕は猫達に手を振った。
彼らはしっぽを振って見送ってくれた。
背の高い草花が辺りに生い茂る丘の上で、彼らのしっぽが揺れ続けていた。
実在の地名その他が出てきますが、細部は作者の創作です