86.取材旅行31(猫村の秘密)
長老は語る。
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-文明がまだ発達していなかった遥か昔、人間は自分達の力だけでは生活できなかった。
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-人間に察知できないような危険な物音や予感を、動物達が補って守りあい、生き抜いていた。
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-やがて時代は文明開化を迎える。
-お互いにうまくやっていた動物と人間の立ち位置は、徐々にその均整を失っていった。
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-そんな中、猫達と共存の道を選んだのが長老達の先祖”猫村”一族である。
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-大日本帝国の旗の下に、足並みを揃え文明開化に挑まんとする風潮を思えば、”猫村”一族の思想が(危ぶむべきものとして)大衆から良しとされないであろう事は想像に難くなかった。
-そんな未来を憂いた彼ら一族は一計を案じる。
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-彼らを統率する一人のリーダー。彼が全てを指揮した。
-(尋常でない力を備えたリーダーは「天狗」と呼ばれていた)
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-「天狗」は猫と会話が出来た。(一説によると宇宙全体と話す事ができたらしい)
-彼は猫に一部始終を相談し、猫は自分達の秘密を天狗に打ち明けた。
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-猫一族の秘密。
-それは想像すらしなかった内容だった。
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-猫には彼ら専用の世界が存在した。
-それは”次元”によって隔てられていると言う。
-人間の認識している世界と猫たちの世界とはパラレルに存在していて、通常は干渉しないのだそうだ。
-実に荒唐無稽な話である。
-しかし天狗は猫族を信じた。
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-壁一枚を隔てた(と猫達は認識している)次元は必要に応じて繋げる事ができると言う。
-次元接続の能力は猫族だけに伝えられる。
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-さらに猫一族のある者には未来を予知する能力があると言う。
-(ごく稀に、猫族の中にその能力が芽生える事があるらしいのだ)
-未来予知が出来る者、次元接続が出来る者、彼らは敬意を表して「奇跡の猫」と呼ばれている。
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-そして彼らの予知した近い未来は天狗の憂いた未来と酷似していたのだ。
-「手を組まねば滅ぼされる」その想いが彼らの奇跡を産む。
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-そのようにして「天狗」と「猫一族」は一計を案じたのである。
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-現在の地を廃村とし、地の気脈が通じた土地を見つけ、別の次元として新たな村を建設する。
-廃村と新たな村は地下水脈を通して次元を繋げている。
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-それが「猫守村」と「猫森村」の秘密なのだ。
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長老が語り終えると、囲炉裏の端に座ったエレーンが大きなあくびをした。
「ずいぶん気前良く教えちゃうのね、長老」(彼女の声はクリアに聞こえた)
エレーンはそう言ってツヨシの構えるカメラに向ってウインクする。
かわいい。
「それだけ見込まれたのね、タロちゃんは」エレーンの言葉に、長老が笑う。
ふぉっ。ふぉっ。ふぉっ。
「タロちゃんは”鷹”の加護を受けとるけぇね」と長老は髭をいじくりながら僕を見る。
「”鷹”?」エレーンが目を丸くする。
「そうじゃ。かつての”天狗”は高みを望み、宇宙の真理をも理解しよった。
彼は正しき者として愛された。
今、彼は”鷹”としてわしらと想いを交わしておるんよ」
それを聞いたエレーンは僕をじっと見つめた。
合格よ。そう言ってエレーンは僕の肩に飛び乗った。
僕の耳をがじがじとかじるエレーン。
「改めて紹介せにゃならんのう。エレーンは”奇跡の猫”と呼ばれておる」
そう言うと、囲炉裏の向こうで長老が微笑んだ。エレーンが首を長く伸ばして長老を伺う。
囲炉裏で煮干を炙っているのだ。
実在の地名その他が出てきますが、細部は作者の創作です