84.取材旅行29(招き)
「”森”に行きたいんじゃろ?」
袋一杯のにぼしを両手に抱えて、長老が言う。
もちろんです、と僕は言う。
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”猫森村”へは車で直接行けると言う。
当初目指していた吉和の”冠山”は僕たちを導くための目印に過ぎなかったのだと、長老は言うのだ。
僕は長老とエレーンを助手席に乗せ、車を出発させた。
「ずいぶんとまぁ・・・ごついんじゃねえ」
長老が珍しそうに車内を見回す。
ダッシュボードをいじくり、車検証を穴の開くほど見つめる。
灰皿を取り出し、匂いを嗅ぎ、また閉める。(エレーンは飛んで逃げた。タバコが嫌いなのだ)
パワーウィンドーのボタンをしばらく眺め、押す。窓が開くと口をぽかんと開けて驚く。
たくさんボタンの付いたカーステレオをいじくる。音が鳴り飛び上がる。
-ラ・カンパネラ(パガニーニによる大練習曲S.141-3)(F.Liszt)-
飛び跳ねるようなピアノの音色に合わせて体を左右にゆする。
「音楽は好きですか?」と僕は聞いてみる。
「好きじゃ。特にこの曲はええね」長老はごきげんである。
エレーンは運転する僕の肩にのって揺れている。
彼らは音楽が好きなようだ。うれしい。
そのようにして車はゆっくりと”森”を目指して進んだのだ。
限りなく澄んだ空気を吸いながら。
実在の地名その他が出てきますが、細部は作者の創作です