83.取材旅行28(異なる次元)
「さて」
長老はとても満足した様子でゆっくりと立ち上がる。
「いいものを食べさせてもろうた」
ありがとう、と長老が言い、エレーンは身づくろいをする。
「さっそくじゃが、あんたさんらを”森”に案内したいんじゃ。準備はええかいの?」
「その前に一つ教えて欲しいんです」
僕は聞いてみる。
キャビンの出口に立った長老は僕を振り返る。
しばらくの間、長老が僕を見つめる。僕の後ろを見ているかのように。
やがて、ゆっくりと微笑むとテーブルに再び腰掛けた。
「そうじゃったか。・・・鷹から全部は聞いてはおらんのじゃね?」
僕は頷いた。
鷹はタイムスリップの話について、この土地について、長老が教えてくれると言ったのだ。
ほんなら(それなら)教えちゃる。
そう言うと、長老は杖をテーブルに掛けて話し始めた。
---
僕たち人間が通常目にしている世界。
それは、”それだけ”ではないと言う。
当たり前すぎて気がつかなくなってしまった物があると長老は言う。
例えば、道の端に流れる水。一筋の川。そこらじゅうに満ちている空気。それらはたくさんの命を紡いでいる。
「流れの大切さについては、あんたさんは良く理解しておるようじゃね」
いい心がけだ、と長老が僕を誉める。
それだけの事でも奇跡だと、彼は言う。
しかし次元の話はまたちょっと違うのだと、長老は杖をなでる。
「あんたさんらがここまで来る間に、やけに時間が掛かったじゃろ?」
長老は言う。僕たちが見ている世界、そこにはいろんな”次元”が重なっているのだと。
「わしがあんたらをここに招いたわけじゃ。あっちの次元とこっちの次元を一箇所だけ繋げてのぅ」
ここまではわかるかの?と長老が聞く。
次元を繋げる? どうやって? 僕は聞き返す。
「見るほうが早いじゃろうなあ」
長老は咳払いを一つすると、ゆっくりと立ち上がった。
いかつい杖をなでて、のんびりと深呼吸を始める。
両足は肩幅に広げ、少し内股ぎみに腰を沈める。
長老が深く呼吸をするたびに周りの空気が震え始める。
(空気は少し薄くなったように感じる)
やがて、ゆっくりと杖を持ち上げ、天井に向けて回転させる。
ぐるぐるぐるぐると杖の先を振り回す長老は、老人には見えなかった。
天井は杖の動きに呼応するかのように揺れ始めた。
それは唐突に僕たちの目の前で姿を現したのだ。
回転する杖に切り取られたかのように、ぽっかりと違う風景が浮かんでいる。
・・・まるで、洞窟から外の景色を覗いているかのように。
切り取られた先に広がる景色。
そこには旅館とタバコ屋と舗装された道路が広がっていた。
車が横切り、排気ガスがこちらにもこぼれて来た。
ふぉっふぉっ、ごふぉ、と長老が咳き込む。
杖を降ろした瞬間、それらの光景はゆらゆらと消えて行った。
キャビンに漂う排気ガスが夢ではなかった事を物語っていた。
「まあ、そういう事なんよ」そう言うと、テーブルに座りなおした長老はお茶をすすった。
「今、次元を繋げたの?」僕たちがぽかんと口を開けたまま話せない中で、ツヨシが聞いた。
ほうほう、と長老は煮干を頬張りながら頷く。
「あんたは・・・」長老はツヨシをゆっくりと振り返る。何かを思い出そうとしているように。
「・・・誰じゃったかのう?」
長老は物忘れをしやすいようである。
『ニボシでしょ』猫のエレーンが答える。
ツヨシですよ、と僕が訂正する。
バツが悪そうに長老とエレーンは煮干を食べ始めた。
実在の地名その他が出てきますが、細部は作者の創作です