75.取材旅行20(下山)
ツヨシが構えるビデオカメラに向かって
僕はその小屋で起こった不思議な出来事を説明した。
「こんな話は聞いた事がない」
猫山さんがしきりに唸る。(興奮しているようだ)
僕たちは一通りの収録を終え、急いで取材車に戻ることにした。
僕が不思議な体験をしていた間、ツヨシはビデオカメラを構えたままだったからだ。
もしかして何かが映っているのでは、と考えたのだ。
(その間の記憶は誰もないようである。彼らにとっては一瞬の空白だったらしい)
「この村の風景、どこかで見た事があると思ったんです」とタジマが言う。
「遥か昔、日本の村はこんな風景でした。私の故郷でも手付かずの廃村がいくつかありました。それで懐かしい感じがしたんですね」
「あぁ、確かにそうですわい」猫山さんも頷く。
「不思議なのは、ここの涼しさですな。水辺が近くにあると思ったんですが・・・」
そういいつつ帰り支度を放り出して、猫山さんは他の小屋を調べ始めた。
「怖かった?」僕を見上げてツヨシが聞く。
ツヨシはいつの間にか僕に心を許したようである。
「ううん、怖くはなかったよ」僕はツヨシの頭をなでながら答える。
鷹は僕を守護してくれるのだ。それが感覚的に理解できたのだ。
そうツヨシに話すと、彼は安心したようだった。
「見つけましたぞっ!」猫山さんが大声を上げている。
僕たちは猫山さんのもとへ駆け寄った。
一番簡素な造りの小屋の中で、猫山さんの指し示す先にあったもの。
それは、こんこんと沸き続ける湧き水であった。
天然の水道として利用されていたようである。
水は透明でとても綺麗だった。
「やはり隠れ里だったんでしょうかな」猫山さんがためらいもなく水をすくって飲む。
「うまい!!」
それをきっかけに僕たちも水を飲んでみた。とても美味しい。
空になっていた水筒を湧き水で満たし、僕たちは歩き始めた。
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そうして僕たちは来た道を辿り、再び冠山から下山したのだ。
取材車に帰り着いたら何を食べようか。
青い空に浮かんだ雲を見つけて、僕たちは議論する。
あの雲は「カレーライス」だとか、「ハンバーグ」に違いないとか。
意外と「チキンライス」かもしれないとか。
(猫山さんは"ステーキ"を連呼していた)
その会議は下山を終えるまで続くこととなった。
広島なら「お好み焼き」だろうと僕は思うのだけどね。