74.取材旅行19(猫守村4)
『二つのネコモリムラは決して偶然ではない』 鷹の説明に僕は頷く。
『ここは「守る」方の猫守村なのだ。そして認められた者だけが「森」としての猫森村へ招待される』
鷹の説明を受けて猫の目が一斉に光る。
のっそりと動いたのは部屋の端の方にいた一匹の老猫である。
全身を覆う白く長い毛はところどころ絡まっていた。
老猫がのそのそと歩くのに合わせて、周囲に密集した猫たちは動き辛そうに道を空ける。
(部屋は実にたくさんの猫で満ちていたからだ)
『あんたが真田幸一さんかい。愛称はタロちゃんじゃったかの?』
鷹と同じように"老猫"は僕に話しかける。
始めまして、と僕はお辞儀をする。
『なるほどのう。鷹の加護を受けるだけあって礼儀を知っとるわ』
”老猫”はそう言うと毛づくろいを始める。
『そうそう。煮干、ありがとうな。うまかったわい』
それはよかった、と僕は言う。
『それに』伸び上がって老猫が言う。
『”またたび”はやりすぎじゃ。みんな興奮しすぎて、あんたらのご案内をサボってしもうたよ』
そう言いながら老猫は絡みついた長い体毛を噛みほぐした。
「ここは猫守村なんですね?」
僕は再び尋ねる。
『そうじゃ』
老猫が肯定する。
「僕は”森”としての猫森村に行くべきだと、鷹に教わりました。どうすればいいの?」
僕は老猫に訪ねる。
彼女(おそらくメスだと思えた)は天井を見つめる。
しばらくの沈黙が辺りを漂う。
『あんたはそこを見て何をしたいんじゃ?』
老猫が言う。
「取材をしたいのです」と僕は答える。
取材とはなにか、と彼女が聞き返す。
遠い地に居ながら真実を知りたい人々に色んな世界を伝える仕事だ。
僕はそう伝える。
『あんたと一緒にきた彼らは良い輩か?』
そうだと僕は伝える。
僕は彼らを良い人間だと感じるからだ。
『ふーーーむ』老猫は悩む。
『よほどコネクションがないと”猫森村”には招待しないんじゃがのう』
そこで周囲の猫たちが動いたのだ。
彼らは実に真剣に老猫と意見交換しているように思えた。
しばらくの後、老猫が再び僕に口を開く。
『今回は特別じゃ。何でも許してやろう。ただし、タロちゃん-』
彼女は大きくあくびをして、しっぽを長く伸ばした。
『-そこに”鷹”は入れんよ。それが条件じゃ。”森”(猫森村)の場所をあんたに教える』
そう言って、老猫が僕の耳に近寄り、ごろごろと喉を鳴らしながら顔を近づける。
僕の心に直接入ってきたその映像はそのまま記憶に刻まれた。
猫森村は広島県佐伯郡吉和村にあるらしい。
同じく冠山と呼ばれる山があるそうだ。
そんな情報がイメージと共に僕に刻まれたのだ。
『そこに行けば”長老”が迎えてくれるじゃろう。それじゃあ、わしらはこれで』
長老によろしく。そう言って、老猫はたくさんの猫たちと共に姿を消してしまったのだ。
彼らの消えた後に、白い塵のような光がしばらく漂っていた。
『老猫に認められたようだな』そう言うと、鷹はふわりと宙に舞った。
『言い忘れていたがな』しばらく迷った後で、鷹は僕に伝える。
『彼女が言っていたように、わたしはお前の守護者だよ』
そうして鷹も姿を消したのだ。
後に残された僕の目の前には、わらぶきのあちこちから木漏れ日が溢れる、明るい小屋の風景があった。
「何が起こったんでしょうか?」
背後からタジマたちの戸惑った声が聞こえる。
小屋の外ではたくさんの蝉が一斉に鳴き始めた。
ここは”猫守村”なのだ。
実在の地名その他が出てきますが、細部は作者の創作です