69.取材旅行14(登山)
僕たちは広島市と山県郡千代田町との境にたどり着いた。
ここが旧浜田(石州)街道が通じる場所のはずである。
しかし、ここには普通の峠道が普通の道路として整備されていた。
(冬にはスキーで繁盛していたのだろうか、いくつかの看板も見かけた。)
僕たちの予想を裏切り、辺りは素っ気無いほどに何もなかった。
残念なことに、「猫の七継ぎ松」は大々的に宣伝もされぬまま、自然の一部として埋もれたのかもしれない。
「伝説とはそういうものです」とは猫山さん。
「ここでワンカット収録して、冠山へ登りましょう」
ここからのナビゲートは猫山さんである。
いたずらに観光地化されていないだけ、信憑性があると彼は言った。
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カット収録を終えた僕たちは再び移動した。
冠山登山口付近で駐車した後、各自取材の機材を手分けして背負う。
いよいよ本格的である。
辺りはしんと静まり、空気はきりりと澄み渡っていた。
ツヨシがビデオカメラで周囲を収録する。登山道に踏み込んだ猫山さんを背後から追いかける。
上り始めたところで下山してくる客とすれ違った。
僕たちは挨拶しつつ、山の様子を教えてもらう。
「テレビかいね?」と彼らに聞かれる。
「そうなんです。危険な場所とかありましたか?」
ないない、と笑顔で彼らは口をそろえる。
「ええ天気じゃけえね。なんも危険なんてありゃあせんよ」
それはよかったと僕たちはお礼を言い、先を進んだ。
分かってはいた事だったが、機材は重かった。
一足ごとにずしりと肩に食い込む。
バッテリーとレフ版と大型マイクに予備のカメラ一式。それらの取材機材に加えて、通常の登山道具があるのだ。
ロールマット、テント、着替え、食料、飲み物、etc・・・。
そして”煮干”。
お供えが煮干でよかったと僕たちは心底思う。
(”マグロ一匹”の可能性だってあったのだ!)
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とにかく前に進もう。
汗だくでひたすら進む道の向こうに、くっきりと晴れ渡った青空が広がっていた。
冠山はまだ、その頂を僕たちに見せてはくれなかった。