6.タロ
一夜限りのDJタロ。
そのはずだった。
地方局とはいえDJブースはもうちょっと機材が揃っていると思っていたが、おじさんに通されたその部屋は「事務所」のようだった。
懐かしののアナログ機材に僕はため息をついていた。
唯一CDミキサーがあったことは幸運といえるだろう。
結局2時間の番組を飛び込みでこなしていた。
前任のDJ担当が何の説明もなく辞めていたことを知ったのは
それから3時間後の酒の席だった。
「よ、よかったよ。ミッキーくん」
「ハッピーです」
なぜか隣で酔っ払っている親父さんに僕は訂正した。
「”ハッピー”て名前はそろそろ変えちゃおうかと思っているんです」
なんとなく以前から思っていたことが口に出た。
「で、でも、ぼくには”タロ”に見えるんだなあ」
「タロって?なんでタロなんです?」
椅子から少しずつ傾いて行く親父さんを立て直しつつ聞いてみた。
「うちで以前飼っていた犬の名前なんですよ」おじさんが隣から答える。
「わ、わりと有名な犬、だったんだよ」傾いたままの親父さんも同意する。
「タロ」親父さんはさらに人懐こい笑顔を向けてきた。
わん。
マキが最後に電話してきた時に、僕の印象について説明したそうだ。
昔飼っていた飼い犬に良く似ていると。
…困った顔がとくに。
ラジオが始まる前、親父さんから呼ばれたその名が気になり、即興で僕は”タロ”になったのだ。
東京のクラブは僕の他にもたくさんDJが在籍していて、いきなり辞めることも問題なかった。
僕のラジオデビューはそのまま再就職となってしまった。
マキの末期の願いに縛られるつもりもなかったが、不思議とこの土地は僕に合っているようだった。
窓の外ではいつまでも雪が降り続いていた。
祝福するかのように。
弔うかのように。