39.タロの面接。(”NARITA’S-PROJECT”)
”NARITA’S-PROJECT”の面接の日。
駅前の”N.A.”事務局に僕は呼ばれた。
大きな花が飾られた受付で僕は佇む。
表の通りではパチンコ屋の宣伝カーが新装開店の報を伝えている。
僕はパチンコをやらないが、一度だけ、高校生の頃に大人のフリをして入ったことがある。
そのとき財布には千円だけが残っていた。
どの台を選べばいいのか、どこにお金を入れるのかそれさえも知らなかった。
パチンコ台の上に赤くつやつやとしたリンゴとビールを置いた台に座っていたのは、とても長いヒゲを生やしたおじいさんだった。
隣の台に座った僕を、珍しいものでも見るかのようにおじいさんは眺めたのだ。
「その台ねえ」おじいさんが指をさす。
「出ないと思うなあ」
おじいさんは言う。僕の座ったその台は選んではいけない全ての条件を満たしていたそうだ。
「釘の位置とかそういうんもあるけどねえ。そもそも誰も選ばんのよ。パチンコ好きなやつは」
千円はすぐになくなった。
たぶん、おじいさんは違うことを言いたかったんじゃないかと思う。
僕には賭け事の才能がまるでないのだ。
それは見る人が見ればわかるのだ。
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パチンコ屋さんの宣伝カーがゆっくりと通り過ぎた後までも、僕はそんなことを思い出していた。
おかげで、名前を呼ばれてすぐには気がつかなかったのだ。
あわてて受付に向かって立ち上がった僕を見つめていたのは、マコさんだった。
受付の向こう側から、同僚だろう人たちが興味深そうに顔をのぞかせては微笑む。
マコさんは良い人たちに囲まれているようだった。
「お待たせしました。局長がお待ちです」
笑いをこらえた表情のマコさんに促されて、僕は会議室Aに通された。
「がんばってね、タロちゃん」
退出間際にささやくマコさん。かわいい。
ふむ。がんばるとも。
胸を張った僕だったが、ノックと共にドアが開いた瞬間に姿勢を戻した
。
「お呼び立てしてすみません」
タジマ局長だった。
(会長の家でかわいいエプロンをつけていたタジマとはまるで別人のようだ。
そうして僕の面接は始まった。
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面接の目的は、プロジェクトの説明とそれに対する僕の受け止め方を確認することだったようだ。
僕は自分の気持ちを素直に答えた。
全体を通して、あの資料から受け止めた僕の反応は満足いただけたようであった。
「わたしたちは、タロさんがおよび腰になるのではないかと危惧していました。ご
理解いただけてよかったです」
タジマ事務局長は胸をなでる。
「さて、タロさん。早速ですが、CMの依頼が控えています」
僕は頷く。
「今回、販売目的の商品は”ミネラルウォーター”です。
流れる川。バックにはスポンサーのロゴ。流行の曲が挿入される。アップになる商品。
水道水から水を汲んでいた主婦が商品と飲み比べて笑顔になる。ここでエンディング。
その完成版がこちらです」
タジマがスイッチを操作すると、目の前の壁に映画さながらのCMが流れた。
一分弱の映像が終わり、タジマが言う。
「これを見てあなたはどう感じますか?」
「飲みたいと思えない」
僕は正直に答える。
それが面接の最終段階だったようだ。
「あなたのCMを見せてください」
タジマは笑顔を見せたのだ。
僕は必要な音源を提供し、シナリオを提案することを約束した。
それを元に、タジマさんたちは映像を作り直すのだ。
事業提携を書面で交わし、僕たちは握手をする。
「タロさん。あなたは変わってますね」タジマは言う。
「今度は個人的にも話をしましょう」彼はそういうとドアを開けた。
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外にでると、辺りは既に夕暮れだった。(もう夏は終わるのだ)
せみはいつまでも鳴いていた。