37.マコとの休日3
マンションの部屋へ招き入れるとマコさんは小さく座り込んだ。
緊張している。
かわいい。
僕もとりあえず隣に座る。
マコさんは戸惑っている。
(かわいい)
「緊張してますねえ」
僕がぼそっとそういうと、マコさんが笑顔になった。
「タロちゃん!」
マコさんは僕に飛びついてくる。かわいい。
「きんちょうした?」そう聞く僕に彼女はうなずく。
「いらっしゃい」彼女の頭をぽんぽんと叩く。
髪を掻き分けておでこにキスをする。
ふぅっと彼女がため息をついた。
それは僕たちの親密な儀式のようだ。
夏の終わりの日差しに包まれて、僕らはキスをした。
親密を深めたマコさんから「お腹がすいたよぉ」のリクエストを受けて僕はキッチンに立つ。
オリーブオイルとサラダ油を温め、鷹のつめとにんにく、玉ねぎを炒める。
合挽き挽肉を加えて炒める。
ホールトマトを追加して、つぶして煮込む。
セロリを加えて、ブイヨンにバター、砂糖、赤ワインでさらに煮込む。
「いい匂いね」マコさんが後ろから覗く。
マコさんに抱きしめられると幸せだ。なんだかくらくらするよ。
隠し味に醤油と生クリームをたらし、塩コショウを少しだけ。
後はじっくり煮込むのだ。
ぽこぽこと働いている中華なべから、美味しそうな匂いが広がっていった。
そうして僕たちはワインを飲み始めた。
やがてマコさんは音楽を聴きたくなり、僕は中華なべとステレオ装置を往復する。
「ナット・キング・コールについて教えて」マコさんが言う。(彼女の一番お気に入りなのだ)
ワインの勢いを借りて、僕は偉大なる彼について説明する。(メモ帳からも力を借りる)
-”Nat King Cole”
-アメリカアラバマ州モンゴメリー出身。ジャズピアニストで歌手。
-本名の”Nathaniel Adams Coles”に愛称の「キング」を付与されたんだ。
-1939年にNat King Cole Trioを結成した。
-いわゆるビッグバンド時代にジャズトリオスタイル(ピアノ、ギター、ベース)の編成で流行となったんだ。
-その歌声は艶があり、歌手として世界中に愛された。
-彼の「スターダスト」「ルート66」「トゥー・ヤング」などは有名なスタンダートとされているね。
-「モダンタイムズ」、「スマイル」も映画音楽に彼が歌詞をつけて歌っているみたい。
-彼はヘビースモーカー(1日にKOOLを3箱も)だった。1965年2月15日、肺ガンで亡くなったんだ。(※wikipedia参考)
その中でも僕が一番すきなのは「ザ・クリスマス・ソング」なんだ。
「すごい歴史があるのね」ワインを一口飲み、彼女は僕を見つめる。
「すごい人だったみたい」僕も認める。
「わたしは、タロちゃんから始めて教わったわ」マコさんは微笑む。
「これからも教えてね」
「もちろんだとも」僕は誇らしく胸を張った。
パスタソースは出来上がりつつある。
僕はパスタを茹で始めた。
我々はお腹がぺこぺこなのだ。
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パスタの茹で汁を少し加えたところで、ソースは完成した。
皿に茹でたてのパスタを盛り、ソースをかける。モツァレラチーズをちぎってソースにかける。
粉チーズとタバスコは好みで。
小さな食卓に大柄な皿のパスタ。
すりおろしたにんにくとごま油とポン酢でドレッシングも完成した。
キャベツのサラダを大皿に盛る。
「さあ、食べましょう」
僕たちはワインで乾杯した。
「これ、すごく美味しいわ」
きらきらした瞳でマコさんは誉めてくれた。
かわいい。
僕は彼女のグラスにワインを注ぎ、キャベツのサラダをサーブする。
「タロちゃん。いいお嫁さんになれるわね」
いたずらっぽくマコさんが言う。
「あはは、お婿さんでした」
でもかわいいから許す。
「タロちゃん」
「なんだい」
「美味しいね」
「うまいのう」
正直に言おう。
僕らはお互いに愛し合っていたのだ。
窓越しに名も知らぬ鳥たちが祝福してくれていた。
マコさんといると幸せ、と僕は言った。
彼女は僕をじっと見つめた。
「もう一度言って」
マコさんといると幸せ。僕は繰り返す。
鳥たちが歌う。
彼女は静かに涙を流す。
「わたしも」
彼女が抱きつく。とても強く抱きつく。
愛してる。僕は言う。
彼女の髪をゆっくりとなでる。
ぎゅっと抱きしめる。
-what you want do for love-
ボビー・コールドウェルの甘い歌声が、僕たちを包んでいた。