3.ハッピー
1996年。ラジオ番組を受け持つ1年前。
東京のクラブでDJをしていた僕は、それなりに売れていた。
(当時のDJ達はおそらく誰もが同じように思っていた)
”Security”とプリントされたスタッフシャツの黒人。
いつもツケで飲もうとする芸能人。
メディア通を気取ったサラリーマン。
サラリーマンよりもお金をもっている女子学生。
ダンスがうまくて頭がからっぽのフリーター。
どこかのお店のママたち。
ホストたち。
色んな国籍の人たち。
みんな大好き。
僕は雨音や川のせせらぎを曲に重ねるのが好きだった。
ホールのノリが悪いときや客層が剣呑としている時にも、そのようにMixして流していると、不思議なグルーブ感を取り戻せた。
客もスタッフも僕を”HAPPY”と呼んでくれていたんだ。
「ねえ、ハッピー」
マキだ。こいつニガテ。
「わるいんだけどさあ、ツケてくんない?」
なぜ僕に振る。
「君のツケを許可する権限は僕にないよ」
僕は毅然とした態度でマキに言った。
「そこをなんとかなんないかなあ~。頼むよぉ」
「だめ」
今日も繰り返されるコントのような会話。
「あーあーー。ハッピーを見損なったよぉ。マキ様は見損なっちゃったよぉぉ」
そう茶化したマキはフロアへ戻っていった。
その日は平日にもかかわらず客がなだれ込んできて、結局そのまま忘れていたんだ。
マキの死因は失血死だったらしい。
店から数キロ離れた交差点を渡りかけたところへトラックが赤信号を突っ切って進入したらしい。
搬送される救急車の中で彼女はうわごとを言っていた。
「ハッピーの雨音が好き」
土砂降りの雨と共に彼女は亡くなったそうだ。
彼女の親友が教えてくれた。
お葬式は終わったこと。
身内がいなかったこと。
辛いことがあったときに良く話していたのが、僕の流す曲にMixされた雨音やせせらぎに癒されたこと。
お墓は地方にあるということ。