29.マコ、イベント当日(2000年.夏)
転職から三ヶ月。今日はタロちゃんのイベントの日。
先日、タロちゃんから始めて個人的なメールが来た。
リクエスト先として教えられていたアドレスは彼の携帯だったのね。
事務局で働くようになって、通常のリクエスト先も知ってはいたけれど、かならず採用されることが嬉しくてそのまま利用していた。
たまにはタロちゃんの生活を自分も体験してみたい。
だから今夜は朝まで寝ないと書いたメッセージを、タロちゃんは覚えていて
そこでメールをしてみようと思いついたんだって。
メールがあんまり嬉しかったものだから、そこに記された電話番号にかけてみようと思ったの。
でもまてよ、これってタロちゃんを語った危ない人だったらどうしよう。
しばらくそんなことを考えてもじもじして、そんな自分がバカみたいで、やっぱり電話しちゃった。
電話の向こうから答える声は、ラジオで聞きなれたタロちゃんの声だった。
でもとっても緊張してるみたいで、それがかわいいなって感じたの。
お互いの緊張がほぐれる頃、電話越しに聞こえる曲がナットキングコールだったことに気がついて、それでまた嬉しくなったりして。
夢中で話し込んでいるうちにすっかり夜が明けていて、お互いに恐縮しつつ電話を切った。
わたしの転職先の事務局のこととか話すのを忘れていたことに、電話の後で気がついたけれど、びっくりさせたくてそのままにした。
そして今日。
ようやくタロちゃんに会えるかもしれない。事務局の人間としてイベント会場に行けるのだ。
はやく会いたいわ。
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タロちゃんのステージDJは圧巻だった。
ホタルと星空と美しい音楽。
タロちゃんの自然への想いが切実に伝わり、会場はいつしか不思議な一体感で満たされていた。
誰もが嬉しそうで、すがすがしい思いを抱いていた。
タジマ局長がわたしを呼びにきた。
会長も一緒だった。
慌ててお辞儀して挨拶をする。
「優秀な人が来てくれて、わたしら嬉しいんですよ」と微笑む会長さん。
「そうそう」と頷く局長さん。
テントにいらっしゃいと二人に促れて、ステージ裏手の控え室テストへ向かった。
「すぐに呼ぶから、ちょっとだけ待っててくださいね」
なんだか怪しい雰囲気の二人に、心配がよぎる。
何をされるのだろうか。
逆らえるだろうか。
この喧騒の中でわたしは自分を守れるの、などと不安を抱えて立ち尽くしていた。
やがてタジマ局長がテントの中から顔を見せ、目配せした。
おそるおそるテントに入ったわたしの目間の前に・・・さっきまでステージに立っていたあの人がいた。
くりくりとした目。大きな体。
彼の全身から立ち上る穏やかなオーラがテントに満ちているように感じた。
わたしの鼓動だけが大きく鳴り響いていた。
タロちゃん。
やっと会えたね。
「タロさん。始めまして」
そのようにして、わたしは本当の恋に落ちたのだ。