24.マコ・墓参り(1998年.冬)
雪の降り積もる故郷の駅に降り立ったのはちょうどお昼過ぎだった。
職場には風邪ひいて寝込んでることになっている。ほんとにひいちゃいそう。
マキが事故死したのを知ったのは先月のこと。
一年前に死んじゃったなんて。
東京に家出したまま、音信不通だったマキ。
バカな姉貴。
記憶の中のマキ姉は、いつも挑戦的だった。
「怯んだら負けだよ」いつもそう言っていた。
彼女の口癖。
「マコー!あんたはあたいの大事な妹なんだぞっ」
そう叫びながらわたしに抱きついて髪をめちゃめちゃにしたっけ。頭をなでてくれたんだよね。
姉貴はおしりのホクロがあたしとのシルシだって、よく言ってた。
幸運のシルシなんだって。
二人が離れててもホクロが繋いでくれるから、だから幸せなんだって。
意味がわかんないよマキ姉。
だって、あんたにもう会えないじゃない。
桜と共にあんたは東京へと家出しちゃった。
涙がこぼれそうになったから、空を見上げた。
故郷の空からは信じられないほどの雪が降り注いでいた。
わたしの頭を、頬を、くちびるを、雪が撫でていく。
さらさらと、音もなく。
マキ姉。
あんた、そこにいるんだね。
ずっとそばにいたんだね。
わたしはやっと気がついたよ。
遠い東京から、わたしは導かれたみたい。
やがて父のタクシーが近づいて来る。
人懐こい笑顔と共に近づいてくる。
わたしは小さく手を振った。
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父は言葉すくなに教えてくれた。
マキ姉のお墓参りに来てくれた東京の変わり者の事を。
最初は恋人じゃないかと思ったこととか、垢抜けているかと思えばとても素朴な人柄だったこと。
今では友達の一人として接していることなど。
めずらしい。人見知りの父が他人の話をしている。
家についた私たちは、母とマキ姉の遺影に向かい手を合わせた。
色褪せた写真の母の隣にまだ比較的新しい写真のマキ姉。
外では音もなく雪が降り続き、ぎしぎしと家のあちこちが軋む。
私がお茶をいれていると居間から音楽が聞こえてきた。
「お父さん、音楽なんて聴くようになったの?」
「う、うん。古い曲ばかりだけどな」
ピカピカのステレオセットを扱う父はなんだか幸せそうだった。
そこから流れるメロディは、なんと「ナット・キング・コール」じゃないの。
「いい曲ね」
「うん」
そして、父は東京の変わり者の話をしてくれたのだ。
なぜかふらっとお墓参りに訪れてこの土地に住み着いた彼のことを。
出会った人がみんなタロちゃんを好ましく感じていることを。
たぶん、その時からだと思う。
わたしの中でタロちゃんの存在が大きくなっていったのは。
お墓参りがてらタロちゃんの勤めるラジオ局をタクシーの車窓から眺めたけど、結局会うことはなかった。
放送が始まる頃には私は東京へ帰る電車の中だった。
いつか会えるかな。タロちゃん。
電車から眺める雪混じりの夜景に向かってそっと手を振った。
簡易ラジオからタロちゃんの声を聴きながら、私は目を閉じた。
いつのまにか、雪は雨に変わっていた。