18.タロからのメール2
なぜ、僕は緊張なんてしている?
テーブルに置かれた携帯電話。
新しくビールを開ける。
ステレオから流れるナットキングコール。
ザ・クリスマス・ソング。(夏だけど)
僕は携帯電話を開く。
メールの着信履歴はずっと同じ相手だけ。
マコさん。
ラジオ局に問い合わせたマコさんが間違って教えられたのは僕の携帯メールだった。
着任直後でごたついていたせいで、リクエスト先にこのアドレスが登録されていたらしい。
すぐに気がついて、翌日には局のアドレスに変更してもらったのだが、マコさんには知らせていない。
「いつもリクエストをありがとう。タロです」
まずは個人的なメールをしたことについて、次に今までリクエストしてもらったアドレスについて、僕は説明し、謝罪をした。
その上で、アドバイスして欲しいことがあるのだと書いておいた。
うまく説明できない気がしたので、できれば直接電話してほしいことも。
メールを送信するとき、遠くで犬が鳴いた。
おそらく眠っているだろう彼女のことを思うと、何度もなかったことにしたくなった。
会長さんとタジマさんは、このことを知ったらなんと言うだろう。
「自然の流れを大切にしなければなりませんよ」
ぽりぽりと頬をかきながら、会長はそんな風に言うかもしれない。
CDが何度目かのリピート再生を始めたところで、携帯が鳴り始めた。
「マコです」
メールのつもりで開いたとたん、声が聞こえた。
あわてて耳をよせる。
「す、すみません。こんな時間に」ちゃんと声になっているだろうか。
「タロさんですね。マコです。そんなに恐縮しないでください」
電話越しに聞こえる彼女の声はなぜか懐かしく感じた。
落ち着いて話せるようになるまで、少し時間がかかったかもしれない。
ぎこちなくぼそぼそと話す僕のことを、彼女は気持ちよくうなずいて聞いてくれた。
「タロさん。後ろで流れてるの、あの曲?」
「あはは。なんとなく」
「うれしいな。この曲が一番好きになったの。タロさんの声と一緒に聞くのが」
照れるじゃないか。
僕はこんな時間にもかかわらず、始めての電話にもかかわらずよくしゃべったと思う。
今までの放送のなかでマコさんからのリクエストと、僕がうれしい気持ちだったタイミングがとても一致していたこととか。
マコさんの声に親近感を感じたこととか。
窓の外から朝日が差し込んできた頃、始めて長時間話し込んでしまった事に気がついた。
「夢中で話してて気がつかなかったわ。もうすっかり朝なのね」
マコさんは申し訳なさそうに言ってくれたが、誤るのは僕の方だった。
「マコさん、仕事があるのに。ごめんなさい」
「いいの。ほんとの事を言うとね、タロさんの声聞いたらうれしくて。電話を切りたくなくなっちゃったの」
いい娘だ。
とにかく、これ以上は迷惑だろうと判断し、肝心の相談についてはラジオで伝えるからと電話を切った。
窓の外では通勤の人たちがちらほら歩き始めていて、マコさんに申し訳ない気持ちになる。
その反面、とても幸せなぬくもりを胸の内に感じていた。
歯磨きをしている時、鏡に映った僕の顔は、スマイルそのものだった。
さっきまでの会話を思い返しつつ布団にもぐり込むと、あっという間に深い眠りが僕を包み込んでいった。
大好き。マコさん。