119.かちゅのお願い
エレーンが次元の穴を用いて猫森村から連れてきた”かちゅ”。
『タロちゃん、あたチ、お願いがある』 と、かちゅは言うのだ。
なんだい?と僕は聞く。
かちゅはエレーンのもとに駆け寄り、何事かをごにょごにょとつぶやいている。
エレーンがかちゅの頭を片手でポンっと叩く。(猫パンチだ)
かちゅがエレーンの顔をぺろぺろと舐める。(お願いよ、と言っているように見える)
ふぅっ、とエレーンがため息をつき、僕達を振り向く。
「お願いがあるそうよ」 とエレーンが言う。(それさっき聞いたけど、とは言えなかった)
それで?と僕が聞く。
再びかちゅはエレーンのもとに駆け寄り、ごにょごにょと・・・。
「音楽を聴きたいんだって」
僕がCDラックから取り出して選び始めると、まあるい瞳を輝かせた”かちゅ”が覗き込んでくる。
『チょれ(それ)、なんの音楽?』 これはジャズだよ、と僕は答える。
かちゅは何が聴きたいの?と僕は聞いてみる。
『あたチね、チれい(きれい)な音楽がチきたい(ききたい)』
ふむふむ、と僕は試しに一枚選んでステレオにセットした。
-埴生の宿-
静かな合唱が優しく部屋を満たすと、かちゅは耳をぴんとそばだてた。
エレーンは目を細めて揺れ始める。
-埴生の宿も 我が宿 玉の装ひ 羨まじ
-長閑也や 春の空 花はあるじ 鳥は友
-おゝ 我が宿よ たのしとも たのもしや
-書読む窓も 我が窓 瑠璃の床も 羨まじ
-清らなりや 秋の夜半 月はあるじ むしは友
-おゝ 我が窓よ たのしとも たのもしや
曲が終わってもしばらく、ネコたちはゴロゴロと喉を鳴らしてうっとりとしていた。
『この曲について教えて(おチえて)』 とかちゅが言う。
僕はCDの冊子を読んで教える。
「この曲はイングランド民謡”Home! Sweet Home!”が原曲らしいね。
1823年にHenry Rowley Bishopが作詞・作曲したんだって。
その年に初演したオペラ”Clari, Maid of Milan(ミラノの乙女) ”の中で歌われたんだ」
僕もこの唄は大好きなんだよ、とかちゅに説明する。
『うれチい』 とかちゅは言った。
もっと違う感じのも聴きたい、とかちゅは望んだ。
「でもその前にご飯にしない?」 エレーンとマコさんが言う。
そして、僕達は晩御飯の準備に取り掛かる。
『うにゃにゃぁ~、にゃにゃあ~にょ・・・』
かちゅはよほど嬉しいのか、埴生の宿を繰り返し唄っていた。
僕はかちゅのメロディーに合わせて野菜を刻む。
たくさんのお肉が横に並ぶ。
大きな鍋からは湯気が吹き始める。
今夜はしゃぶしゃぶなのだ。