114.ツヨシのけじめと冬の鍋(2000年12月)
見上げた空から降り続く雪が、僕の頬にパラパラと降りかかる。
僕は買い物から帰り、マンションの入り口で雪を見上げていた。
「たーろちゃん!」 振り向くと僕の部屋の窓からマコさんが手を振っていた。
「お豆腐頼むの忘れちゃったよぉ!もっかい行ってきて!」 マコさんは顔の前で手を合わせる。
さ、寒いんですけど。
---
今夜は「スンドゥブ」が食べたい。
マコさんは週刊誌で鍋特集を読んだらしく、僕の帰宅時に買い物を望んだのだ。
鍋に豚肉、キムチ、酒、にんにくを入れて、弱火で炒める。(「あたしキムチ食べれないのよね」とエレーンは興味を失った)
水を入れ、ネギとキャベツと砂抜きしたあさりを入れて柔らかく煮込む。(ぐつぐつと働く鍋を見てマコさんはうっとりしている)
豆腐を入れて一煮立ちしたら、こしょうとダシダ(韓国の牛エキス)で整える。
最後に卵を溶きいれてできあがり。
(エレーンには豆腐とキャベツとご飯と卵で雑炊を作ってあげた)
ツヨシと会長がやってきたのは、ちょうど鍋が出来上がった頃である。
「こんばんわーっ、おじゃましまーす!」大きな声でツヨシは部屋に駆け込んでくる。
「がははっ、いい匂いだわい」 会長は頭に積もった雪を払いながら、玄関で鼻をひくひくさせる。
そうして僕達は、狭くて暖かい食卓を囲んだのだ。
「いただきまーす!」みんなの声がこだまする。
「うまーーーーい!」 口を揃えて再びこだまする。(エレーンも一声鳴いた)
そうして僕達はビールで(ツヨシとエレーンはミルクで)乾杯した。
---
ツヨシが学校に復帰した事を知ったのは、先日の事。(ツヨシの護身術体得から一ヶ月が経っていた)
会長から喜びの報告を受けて、僕は彼らを夕食にお招きしたのである。
『ツヨシちゃん、学校の事を教えてよ』 エレーンが身体を丁寧に舐めながらツヨシに促す。
会長が口をぽかんと開けたままエレーンを見つめる。
「ほ、ほんとうにしゃべるんですな」会長がごしごしと目をこする。
(ツヨシ達から話は聞いていたけれど、半信半疑だったらしい)
『よろしくね、会長さん』
そう言ってエレーンが会長にウインクすると、会長は背筋をピンと伸ばして正座をした。
ぶんぶんと首を振って頷く会長を見て、マコさんとツヨシは顔を見合わせて微笑んだ。
---
ツヨシは、この一ヶ月の出来事を少しずつ話してくれた。
あの特訓の翌日、彼は学校に向ったのだ。
職員室に行き、先生達に挨拶をし、学校に来られなかったイジメの実態を話したのだ。
先生達は気まずそうにうつむいていたと言う。
「先生たちも知っていたはずです」とツヨシは言った。
「でも一番逃げていたのは僕なのかもしれません。だから復学するために、僕はケリをつけます。誰もジャマをしないでください」
それだけを言うと、ツヨシはかつてのいじめっ子達に会いに行った。
慌てて制止しようとする先生達に対して、ツヨシは釘をさしたそうだ。
「僕を止めるなら、僕が暴力をもってイジメられた時に動くべきでしょう。必要なら叔父貴に相談しますよ」
ツヨシを制止しようとした先生達は、会長の名を聞いた瞬間、興味を失ったそうである。
ケンゴ(イジメの首謀者)達はすぐに見つかった。
職員室と廊下を挟んだ6年生クラスの生徒に対して、彼らは大きな声で威張っていたのだ。
(彼らは5年生ながら6年生にも幅を利かせていたようである。)
「メロンパン買って来いよ」とケンゴは自分より背の低い6年生に命令していた。
ツヨシがその教室に入っていくと、ケンゴ達は珍しいおもちゃを見つけたかのようにツヨシを取り囲んだ。
「めっずらしい奴がいるじゃん」 ケンゴが顔を近づける。
「君達には謝ってもらうよ」 とツヨシは言った。
あひゃひゃひゃっと大げさに驚く彼らに、ツヨシは再び同じ要求をした。
「誰に物いってんの?」とケンゴがツヨシの服を掴む。
そうしてケンゴは投げ飛ばされたのだそうだ。
しつこく立ち上がるケンゴに対して、ツヨシが骨を捻って「折るよ」と言うのと、ケンゴが泣き出すのは同時であった。
そしてツヨシはイジメの原因であったグルーブを目の前に並ばせて、一人ずつ謝らせたと言う。
「もし、僕の前でイジメをしていたら、その場でつぶしてやるからな」 ツヨシは一人ずつ顔を向かせて同意させたそうである。
振り向いたツヨシを待っていたのは、周囲の生徒と先生の拍手だったそうだ。
(まったく調子がいいよ、とツヨシは言った)
---
もちろん僕達はみんなでツヨシを祝った。
(会長は泣いていた。)
一人ずつに抱きしめられて、ツヨシは満面の笑顔を見せる。(小学5年生らしい笑顔を)
最後に僕がツヨシを抱きしめた時、彼は大きな瞳で僕に聞いた。
「タロさん、本当の強さってなんだろう?力ずくでしか理解されないの?」
「愛だよ」 と僕は答えた。
よくわからないよ、とツヨシは言う。
そのうちわかるさ、と僕は言う。
(僕達は愛から生まれたのだから)
マコさんがそっと僕とツヨシを抱きしめる。
窓の外から、立派な満月が顔を覗かせていた。しんしんと降りしきる雪の向うで。