112.護身術5(伝授(前半))
その日、僕は家中の窓の雨戸を閉めた。
ツヨシの護身術体得は大詰めを迎えるのだ。
「タロちゃんが護身術に詳しいとは意外だったわね」 エレーンがしっぽを揺らしてマコさんにつぶやく。
エレーンとマコさんは見学すると言って、キッチンに仲良く座っていた。
(僕のいない間に、彼女達はとても仲良くなっていたのだ)
「タロちゃんたら可笑しいのよ」とマコさんが言う。
「この間なんて、寝言で『もう少し食べたいよぉ』って言ってたのよ。悲しそうな顔で」
エレーンとマコさんは顔を見合わせてくすくすと笑う。
いいだろう。今度は寝言でモノマネでもしてやろう。
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ぴんぽん、とチャイムを鳴らしてツヨシがやって来る。
胸を反らして、鼻息も荒くやって来る。
エレーンの髭がピンと張る。(ツヨシの気迫を感じたのだ)
「師匠!よろしくお願いします!」
部屋にツヨシの叫び声が響き、驚いたエレーンのしっぽが太くなる。
「見違えちゃったわ」とマコさんがツヨシを見て言う。
(小学生には見えない、と僕に言う)
「師匠。今日は最終試練でしたよね。僕、何でもやります!」
実にかわいい弟子である。
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僕は部屋の電気を全て消す。
キッチンのテーブルにはローソクが灯っている。
窓からの光も遮断した部屋の中で、僕はツヨシに説明した。
「大切なのは感覚だよ。五感を失って初めて全てを理解できるんだ。
僕はとてもゆっくりと攻撃をする。最初はまったくわからないだろう。
しかし、怖がる事はない。やがて相手の動きが見える時がくる。
僕の場合は白いモヤのように見えたよ」
そんな風に僕は説明をした。
「目標は」と僕は言う。
「僕を倒すことだよ」
そして僕は静かにツヨシを見つめた。
薄明かりに照らされたツヨシの横顔が引き締まる。
僕はアイマスクでツヨシの目を覆い、湿らせたティッシュで耳を塞ぐ。
「変な感じ」とツヨシがささやく。
始め!とエレーンが叫ぶ。(そのように頼んでおいたのだ。僕の居場所を隠すために)
僕はそっとツヨシから離れる。
(ツヨシは少し怯えている)
そして最後の試練は始まった。
ローソクがゆらりと揺らめいた。