110.護身術3
数日の後、ツヨシは再び僕のマンションに現れた。
僕達はキッチンで温かい牛乳をゆっくりと飲み、先日の公園に向った。
ストレッチで身体をほぐし、前回のおさらいを行う。
僕はツヨシに、普通に立ったままでいるように指示する。
ツヨシの左肩を勢い良く押す。
ツヨシは倒れる。
今度は、すり足の要領で姿勢を保つように指示する。
ツヨシの左肩を勢い良く押す。
ツヨシはびくともしない。
この違いは分かるね?と僕が聞くと、ツヨシは頷く。
「バランスだ。これが全ての始まりだ」と僕は言う。
格闘技の全てはここに詰まっているんだと僕は伝える。
そして僕達は次の段階に進む。
好きなように僕を襲ってごらん、とツヨシに言う。
ツヨシは決意を込めた目をして僕に対峙する。
僕は構えもなく佇む。
ツヨシは僕に飛び込みながら右手で顔を殴ってくる。
僕が左に身体を逸らしながら右足を踏み出し、半身を捻り右手でツヨシの右手を払う。
(ツヨシの肩の辺りから腕を伝って擦るように払う)
捻った半身を逆に戻しながら、左手でツヨシの髪を掴んで右肘を捻る。
ツヨシの顔のすぐ先で動きを止めた。
全ては一瞬だった。
「これを今から教える」と僕は言った。
ツヨシは顔を大きく頷き、深いため息を吐く。
「むつかしいね」とツヨシが言う。そして俯く。
次第にツヨシは身体を震わせる。
くっくっくっと声が漏れる。
あははっと笑いを漏らす。
ツヨシは嬉しかったのだ。
「タロさんってサイコー!!」
公園の向こう側で遊んでいた子供達がいつの間にか近くで見学していた。
僕がツヨシに教えようとしていたのは、”柔術”だけではない。
空手にも合気道にも他の格闘技にも通じる”センス”のようなものなのだ。
まずは感じる事。感覚から学ぶことが大切なのだ。
そして僕は、ツヨシに次の鍛錬を与える。(宿題として)
-受けの練習-
中腰でやや内股に立ち、長い棒がまっすぐに飛んでくるイメージを浮かべる。
(実際に木の枝に紐で吊るした棒を大きく揺らせて練習させた)
その棒を腕だと見立てて受け流すのだ。
-突きの練習-
拳を軽く固めて腰に溜めた状態で
肘から押し出すように前へ突き出す。相手に当たる手前で捻りを入れる。
(うまく表現できないが、空手の基本である)
ポイントとなるのは、受けたり突いたりの瞬間ではなく、その延長に対してのインパクトである。
実際の対象物よりも遥か先に力を届かせるイメージ。
ツヨシは分からないなりに真剣であった。
かつての僕のように。