109.チェリストからの手紙(父の想い出)
ツヨシの護身術体得の間に起こった出来事を挟みました。
-pm 12:00-
スタジオのデジタル時計が時を告げる。
-ぷっぷっぷーーーん。
-ハイ、エブリワン!
-お昼休みのひと時を、わたくしDJタロがお邪魔しまーす!
-それじゃあ。”タロのハッピー・昼タイム”始まるよ!
冬の足音はこの街にも着実に近づいていた。
秋の葉は既にあちこちで落葉を始めている。
リスナーさんの間では、今年の冬の流行がスカーフかストールかで意見が分かれていた。
気の早い事に、初雪がいつ降るのかを予想しあって結構盛り上がっている人もいた。
(今年の冬は例年よりも寒くなるだろうと予想されていた)
-寒いのは大変だけど、みんな楽しそうですね。
-さて、次はリクエストにお答えして。
-
-愛の挨拶("Salut d'Amour"作品12)-E.W.エルガー(チェロとピアノ)
(スタジオにチェロの音色が響く)
珍しく便箋でラジオ局に届いた手紙を、僕はそっと読み返す。
それはリクエストではなかった。
僕が流したリクエストは、父の良く弾いていた曲だった。
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「お久しぶりです、幸一様」 と手紙は始まっていた。
「ラジオや新聞であなたの事を最近知りました。
そして思い当たったのです、あなたがお父様のご子息だと。
久しぶりにお父様の事を、私は懐かしく思い出しました。
私は村山です。交響楽団であなたのお父様と一緒にチェロを弾いていた仲間でした」
(おそらく幾度も書き直したのだろう。その手紙は消しあとが見受けられる。きっとマジメな人なのだ)
父と同僚だった村山さん。
僕はおぼろげな記憶から村山さんを思い出す。
父よりも年配で口ひげが印象的だった村山さんを。
クラッシックよりもジャズが好きだった村山さんの事を。
村山さんの手紙は続いていた。
「お父様が亡くなる一週間ほど前の事です。それを思い出したので手紙を書かせていただきました。
私達はコンサートを終えた直後で、少しばかり興奮していました。
(お客様は二度目の”アンコール”を叫んでいました)
控え室に移動した私の隣にいたのが、お父様でした。
『村山』 と、彼が僕に言うのです。
『俺は演奏の最中に変な夢を見たよ』 そう言うのです。
『きっと俺はもうじき死ぬよ。そして”鷹”となって息子の魂を導くらしい』
なんだよそれ、と私は言いました。
トリップしちゃったのかな、そんな風に思ったのです。
(演奏を通じて、不思議な経験をする事は私達の間で稀にあるのです)
しかし、彼は言います。そうじゃないんだよと。
『鷹の目がなぁ、とても不思議な回転をするんだ。
そして俺に伝えたんだ。お前は大きな事故で死ぬ、しかし息子だけが助かる、息子にはいくつもの道が開かれる。
正しく導けば…大人になって暖かい言葉を伝えるだろう』
彼はとても真剣でした。
それで?と私は聞きました。
『お前はどうしたいって鷹が聞くんだよ。だから俺は答えた、正しく導きたいって』
話はそこで終わってしまったのです。
アンコールに答えてステージが再開されたからです。
…私はそんな会話をした事すら、すっかり忘れていました。
10年もの間、一度も思い出さないまま、きれいに忘れていたのです。
そして先日、あなたを思い出し、お父様との会話が蘇ったのです。
おかしな手紙を書いているなと、自分でも感じます。
それでも、伝えておかなければいけないように感じました。
(的外れであれば忘れてください)
お時間を頂き、ありがとうございました。
お仕事、がんばってください。
それでは、失礼いたします」
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僕は手紙をたたみ、目を閉じる。
チェロの音色が、甘く切なく響いていた。
どこかでフクロウが鳴いていた。ホーホーと鳴いていた。