107.護身術1
ツヨシの想い。それは本物だったようだ。
掃除をした翌日、彼は僕の住むマンションにやって来たのだ。
いつものブルース調ではなく、スポーツジャージとスニーカーに身を包んでやって来た。
「タロさん、教えてよ!」 そう言ったツヨシの顔は明るかった。
-Shape of my heart- STING
部屋で流れるスティングの唄は、ツヨシの決意を表しているようだった。
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昨日の事だ。
掃除を終えた僕は家に帰って着替えていた。
玄関のチャイムが鳴り、ドアを開ける。
「タロちゃんよぉ!」飛びついてきたのはなんとナリタ会長である。
どしたの?とあっけに取られた僕は聞いてみた。
いやいや、ほんとにありがとうな。そう言って会長は僕の両手を強く握る。(軽く泣いている)
会長のもとに電話が掛かってきたのは掃除が終わった後のことらしい。
ツヨシは一部始終を会長に話したのだそうだ。
今までの恐怖、閉じ込めた心、イジメへの想い。そして、父のユーレイの想い。
会長は泣いていた。
僕の部屋の真ん中で、彼は号泣をしていた。
「タロちゃんよ・・・。ツヨシがこんなに心を開いたのは、わし、奇跡だと思うんだわ。
あいつ、嬉しそうだったわい。
もう逃げないよって・・・うぅ、・・・そう言ったんだわい。
あいつ、なんかなぁ、明るくなったわい」
僕はうんうんと頷いては、会長の肩をさする。
会長の嬉しさが、僕にはとてもよく分かったのだ。
「そんでな」 鼻水をすすり、会長は赤い鼻を僕に向ける。
「護身術、教えてやって欲しいんだわ」
会長は元々荒っぽい血筋である。
僕の言う護身術にとても興味を持ったのも当然である。
僕は説明した。義父から受け継いだ護身術を。
柔道の影で忘れられつつある”柔術”についてを。
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柔術とは古典武術である。
(古くは中国から達磨大師が伝えたともされるが諸説は様々である)
僕は帝国運輸の真田陸に養子となった後、義父から紹介された中国人の”李”さんから柔術を教わった。
義父は言っていた。
「幸一。お前は自分の身を守れなくちゃいけないよ。
だから教えてもらえ。先生から使ってはいけない技を。
そして、正しき場面に出会うその時にだけ使えばいい」
義父の言葉と概ね同じ事を”李”先生にも言われた。
(しかし悪用をすれば、お前は不幸になるだろう。とも言っていた)
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「柔術とは珍しい」 会長は僕の話を聞いて嬉しそうに頷いた。
「あなたのお父様は目の付け所がよろしい」
あんたにツヨシを預けてよろしいか、会長の言葉に僕は頷く。
そうして会長は帰って行ったのだ。
会長の帰った後の部屋には、たくさんのお酒が残されていた。
(彼なりのお礼らしい)
僕はしばらくお酒に不自由しなくていいみたいだ。