102.ツヨシの家3
ファミリーレストランの一画。
僕達は明るい店内で一息ついている。
ツヨシの恐怖体験を聞くその前に、おいしいご飯を食べたいのだ。
ツヨシと僕は「ハンバーグセット」を、猫山さんは「欲張りステーキセット」を食べることにした。
(猫山さんは「乙女のフルーツパフェ」も追加した。イチゴとメロンとバナナが盛りだくさんのデザートだ)
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僕達の食事が終盤に掛かる頃、ツヨシは恐怖体験の続きを話し始めた。
その異変が始まったのは、ツヨシの両親が亡くなってしばらくしてからだと言う。
最初に気がついたのは、夜も更けた1時ごろだった。
ツヨシはトイレに行こうと布団から起き上がった。
部屋の中には、窓の外から外灯がぼんやりと射し込んでいた。
寝ぼけまなこでトイレを済ませ、再び自室へ戻ろうと廊下を歩いた時に、その音が聞こえたのだ。
滅多に掃除もしない薄汚れた廊下の上で、ツヨシは震えた。
ざ・・・さー・・・
さっ、さっ、・・・ざーー・・・
(足音はしなかった)
そのノイズは一定の間隔を置いて聞こえている。
少しずつ、少しずつ、音は近づいて来るようだった。
「逃げなきゃ」とツヨシは強く感じた。
しかしツヨシの足は動かなかった。動けなかったのだ。
自分に向って何か得体の知れない”物”が近づいていると、彼は察していた。
(その音はまっすぐにツヨシを意識しているようだと、彼は感じた。)
どれくらいの時間、そうしていたのか。
”ピンポーン” 突然玄関のチャイムが大きく鳴り響いた。
ツヨシは悲鳴を押し殺して震えた。
「だ、誰?」 ツヨシは小さくつぶやく。
玄関の扉の向こうに、何かの気配を感じる。とても強く感じる。
しかし誰もツヨシには答えない。
そしてツヨシは自分でも理解できない行動をとった。
玄関のドアを開けたのだ。
なぜ開けたのかは分からない。気がついた時、彼は玄関の外に立っていたらしい。
裸足で玄関先に立つツヨシ。そこには誰も居なかったという。
まあるい月だけが、彼を静かに照らしていた。
それからである。
毎晩、路地から小道に向けて何かを擦り付けるような音が響き始め、ツヨシに促されたかのように、家の中にまでその音が響くようになったのは。
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ツヨシが話を終え、店内に沈黙が漂う。
(明るいJ-POP音楽だけが、店内に流れていた。)
彼の恐怖体験話に、いつのまにか、周りのお客さんまでが聞き入っていたようだ。
「それ、今も続いてるんですか?」 僕達の隣のテーブルで食事をしていたカップルの女性がおもむろに聞いてくる。
気づけば、周りのお客さんたちも頷いて身を乗り出していた。
そうしてツヨシは今でも続く恐怖の内容を話して聞かせた。レストランに居合わせた全員に。
不思議な連帯感を持って、僕達全員は聞き入ったのだ。
帰りの会計をしていると、店内のお客さんやスタッフのみんなが集まってきた。
みんながツヨシに言う。がんばってねと。(何か困ったら連絡しなさいとメモを渡す人々までも現れたのだ)
ツヨシの家に向う帰り道。
見上げた空に、大きなまあるい月が上っていた。
僕達はなんだか幸せだった。(ちょっぴり怖いけど)