10.会長とタジマ 2
愛車(自転車)が風でベンツに倒れてしまわないことを祈りつつ、僕は会長さんと歩いた。
「研究会といってもね、タロさん」
きれいに剃り上がった頭をなでながら、
会長さんはおもむろに和服の袂に手を忍ばせた。
「ひぃぃ」なんか漏れたかも。
腰が抜けそうになってあわあわしている僕を、不思議そうに見やる会長&サングラスタジマ。
会長がたもとからタバコを取り出すと同時に、マジシャンのように火をつけるタジマ。
まぎらわしいってば。
撃たれるかと思ったじゃん。
やがて広すぎる敷地にしてはあまりにこじんまりとした、わらぶき屋根の平屋が姿をあらわした。
「拍子抜けしましたでしょ。がは。」
タバコの煙をくゆらせつつ会長が微笑む。
「でかい建物、嫌いでね。」
周囲を優しいまなざしで見渡して、会長は微笑む。
「それにしては巨大な敷地ですね。」
そんな僕の言葉に彼は答える。
きっとほとんどの訪問者に同じことを聞かれているのだろう。
「再開発事業が計画されるとね、ローカル都市の自然環境なんて真っ先に無視されるんですよ。な、タジマ」
会長にうながされ、タジマが説明を引き継ぐ。
「会長は、人が良すぎるんです。」
サングラスを外しながらタジマは肩をすくめる。
(いからせてるようにしかみえないが)
「会長はこの家で生まれ育ったんです。
小さい頃の会長はそれはそれはかわいい坊ちゃまだったそうです。
先代は物騒な事が得意な方でしたが、会長の優しさにほだされて自然愛好派に転進なさいました。
現在の”超常現象研究会”の前身である”自然を愛する会”を発足されたのも先代でした。
主に自然を愛さない企業に睨みをきかせて日々努力してきたわけですね。」
うん、カタギじゃない事だけはよくわかった。
「研究会といってもね、少し趣向が変わってまして。」
すでに聞き逃せないキーワードがいくつか出ているにもかかわらず会長が話を引き継ぐ。
「例えば、ネコちゃんね。」
ねこちゃん。
「彼らには超常現象を引き起こす能力が、備わってると知ってましたかな。」
「…ネコちゃんがですか。」
いぶかしげな視線を受けて、会長の眼光が鋭くなる。
怖い。
「彼らの能力の断片を我々は日々見逃しておるのです。
彼らは貧弱な腕力にもかかわらず鳥をつかまえたりするですよ。
私はよく見るです。
彼らが”んがが”とか”にゃごご”とか不思議な言葉で鳥を惹きつけ、おそらく鳥が油断して移動する絶妙のタイミングで捕獲するところを」
なるほど。
「ネコちゃんが人語を話すのを聞いたとの談話は、世界中で報告されておるですな。
聞き間違いでないかとネコちゃんに問いただすと、彼らは”しまった”と顔をこわばらせてごまかすそうです。」
せみの鳴き声はいつの間にか遠くなっていた。
森のような敷地に吹きぬける風から海の香りがした。
その後ちいさな平屋の屋敷に通された頃には、僕はすっかり会長たちのファンになってしまっていた。