夏の日のハッピーセットは世界を癒やす――かもしれない。
二〇二六年、夏。
今日も、容赦なく暑い。
朝、少し遅く起きると、家族はすでに出かけたあとだった。
誰もいない家でパソコンを開き、パジャマのまま、午前中ずっと小説を書いていたのだが、昼近くになって腹が鳴った。
そこでようやく、朝食を食べていなかったことに気づいた。
小説を書いていると、時間も空腹も忘れてしまうことがある。
物語の中では登場人物たちが、ダンジョンの神話級遺物を使って生きるか死ぬかの戦いをしていたが、書いている本人は、それどころではない。
腹が減った。
小説を書く手を止め、ハーフパンツを履き、サンダルをつっかける。
そうして昼飯を買いに、近くのマクドナルドまで歩いて行った。
ポケットの中で、家の鍵に混ざって、小銭がじゃらじゃらしている。
いつも頼むのは、フィレオフィッシュセット。
なぜかというと、野菜が嫌いだからだ。かといってダブルチーズバーガーなどを頼むと、今度は腹まわりがさらに育ってしまう気がする。
魚なら、なんとなく罪悪感も薄い。
揚げてあるうえに、タルタルソースもたっぷりかかっているので、本当に身体に優しいかどうかは考えないことにしている。
世の中には、深く考えない方が幸せなこともある。
それに、何もかも値上がりしている今、平日の昼なら六百三十円ほどで昼飯が済むのはありがたい。
フィレオフィッシュの入った袋を手に店を出ると、近くに停まっていたミニバンから、おじいさんと小さな男の子が降りてきた。
男の子は、おじいさんの手をしっかり握り、こちらへ歩いてくる。
夏休みなので、今日は二人でマクドナルドへ来たのだろう。
それだけの、どこにでもある光景だった。
おじいさんが何かを言っているのに、男の子はまったく聞いていない。ただ、その手を強く引いている。一刻も早く店へ入りたいらしく、二人は私が出てきたばかりのドアの向こうへ消えていった。
たぶん男の子は、これからハッピーセットでも頼むのだろう。
おじいさんは壁に並んだメニューを見上げながら、「どれがいいんだ」と尋ねるのかもしれない。
男の子は迷う。
ハンバーガーよりも、ポテトよりも、おまけのおもちゃの方が重要だからだ。
ちょうど今は、ポケモン三十周年を記念したスペシャルコラボをやっている。
勢ぞろいしたポケモンの中に、お目当てがいるのかもしれない。
おじいさんは、食べ物を選ぶはずなのに、なぜおもちゃの一覧を見なければならないのかと戸惑うかもしれない。
そんな二人を想像しながら、私はフィレオフィッシュの入った袋を提げて歩き出した。
けれど、少し歩いたところで思った。
今のあの子は、きっと何も特別なことをしているとは思っていない。
夏休みに、おじいちゃんと二人でマクドナルドへ来た。
――ただそれだけだ。
今が何年生で、今日が何曜日だったのか。
どんな服を着ていたのか。何を注文したのか。
そんなことも、数日経てば忘れてしまうだろう。
それでも、もっと大人になったある日。
街でマクドナルドの匂いを嗅いだとき。
夏の強い日差しの中で、誰かと手をつないで歩く子どもを見かけたとき。
理由もなく、今日のことを思い出すかもしれない。
おじいちゃんの手は、大きかったな、と。
歩くのが、少し遅かったな、と。
好きなものを頼んでいいと、言ってくれたな、と。
その頃には、もう握ることのできない手になっているかもしれない。
そう考えると、何でもないはずの光景が、少しだけ違って見えた。
私たちはたぶん、大切な一日が大切な一日であることに、その最中には気づけない。
家族と食べた昼飯も、誰かと歩いた帰り道も、暑い暑いと文句を言いながら過ごした夏の日も、そのときはどこにでもある日常でしかない。
けれど、もう手の届かない思い出になってから、ふと思い返すと、なぜか温かい。
今日もきっと、世界のあちこちで、いつか誰かの思い出になる一日が過ぎている。
特別なことなど、何も起きていない。
おじいさんと孫が手をつなぎ、昼飯を食べに来ただけだ。
私も、いつものフィレオフィッシュを買って来ただけ。
家へ帰り、袋を開ける頃には、ポテトが少ししんなりしていた。揚げたての方がおいしいに決まっているのに、持ち帰ったポテトには、持ち帰ったポテトの味がある。
悪くない。
何度も食べているフィレオフィッシュは、正直、魚の味はほとんど感じない。
私が好きなのは白身魚のフライではなく、バンズにべったりついたタルタルソースなのかもしれない。
魚なら罪悪感が薄いなどと考えていたが、結局、私は魚ではなく、ソースを食べるためにフィレオフィッシュを頼んでいるらしい。
世の中には、やはり深く考えない方が幸せなこともある。
疲れていると、何かいいことが起きなければ、今日はつまらない一日だったと思ってしまう。
けれど、本当は、そんなこともないのかもしれない。
誰かと昼飯を食べた。
手をつないで歩いた。
いつものものを食べて、少しだけ安心した。
あるいは、名前も知らない祖父と孫に、ほんの一瞬出会った。
ただ、それだけ。
人生を支えているのは、案外、そんな何でもない時間なのかもしれない。
今日がいい日だったかどうかは、まだ分からない。
ただ、年齢も歩く速さも違う二人が、手をつないで夏のマクドナルドへ入っていった姿を思い出すと、少なくとも悪い日ではなかったような気がした。
私は少ししんなりしたポテトを食べながら、次もやっぱりフィレオフィッシュにしようと思った。
野菜は、たぶん頼まない。




