小噺14『月の影』
○『月の影』あらすじ
斎勝成は、和永の乱・宣元の乱での功績によって、武士初の太政大臣となり、その一族も出世して、天下に並ぶなき権勢を斎氏は誇った。やがて勝成は出家して都を去り隠居する。家督は長男で嫡男の和成が継いで一族の棟梁となる。和成は善政を敷いたが、一族の急激な出世を快く思わない治天の君・山科法皇や朝廷と隠居先で好き勝手する勝成の対立の調整に心身をすり減らし、若くして世を去った。
本来なら和成の長男・清成が家督を継ぐ立場であったが、幼少であったため、勝成の次男である芝成が棟梁となる。年月が流れ、清成もまた朝廷で昇進を重ねるものの、権勢を極める芝成流斎氏と比べれば立場は低く、複雑な思いを抱いていた。
そんな折、清成は叔母であり後山科天皇の中宮である房子を見舞うため御所を訪れる。そこで中宮に仕える氏原雪維の娘と出会う。氏原氏といっても、摂関流氏原氏とは離れた諸大夫の家柄で、娘も宮仕えこそしていたが、一族の出世には恵まれなかった。
清成はその娘に一目惚れする。
身分の差も、周囲の目も構わず文を送り続け、やがて娘もその真心に惹かれて恋人同士となる。二人は密かに逢瀬を重ね、将来を語り合うようになった。
しかしその頃、天下は大きく動いていた。
桃治三年の政変によって勝成は山科法皇を幽閉し、後山科天皇と房子の子どもである扶桑天皇を即位させる。そして、後山科上皇による院政が行われたものの、その院政と朝廷は斎氏の強い影響下に置かれた。
だが栄華は長く続かない。
勝成が亡くなり、さらに後山科上皇も崩御すると、幽閉されていた山科法皇が復権。今度は斎氏追討の動きが起こる。
昨日まで斎氏に媚びていた者たちは離れ、娘の父である雪維もそうであった。娘に、
「斎氏とは縁を切れ」
と迫るようになる。
さらに芝成流は、和成流が法皇に降伏して自分たちだけ助かろうとしているのではないかと疑い始める。
実は、和成流斎氏は、斎氏の中では法皇と仲良かったが、政変の折、助けることができなかったこともあり、清成は命乞いを断念する。
清成は一族への忠義と恋人への思いの狭間で苦しみながらも、最後まで斎氏と運命を共にする道を選ぶ。
都落ちの日。
具足を身にまとった清成は娘のもとを訪れ、
「これで逢うのは最後になるやもしれぬ。私の心は既に死んだようなもの、今後色恋にときめくこともない」
と告げる。
娘は涙をこらえながら見送り、別れを惜しむ。
その後、清成は一族とともに西へ西へと落ち延び、各地で追討軍と戦う日々を送る。
都に残された娘は、募る思いを和歌に託して手紙を送る。
人の見る月の影こそ同じなれ心にかかるうき雲ぞある
同じ世にありと言ひながら都落ちありとは思はぬ人のあはれよ
数か月後。
遠い戦地から返事が届く。
そこには、
「君から手紙が来た時、流石に嬉しかった。色恋にときめくことはないと言いながら情けないことであるが、君のことを忘れる日は一度もなかった。だが、きっと逢うことはあるまい。一族の多くが既に亡くなった。私の命も決して長くはあるまい。もし私を思う気持ちがあるなら、どうか我ら一族の菩提を弔ってほしい」
という言葉とともに、
憂き世にて心づくしの身なれども昔ながらの月の影かな
ありながらありとは思はぬ世にありてありぬることに悲しびありけり
という二首が添えられていた。
それから一年も経たぬうちに、斎氏は海での決戦に敗れる。
清成をはじめ一族の多くは海へ沈み、そのまま帰らぬ人となった。
娘は生涯独り身を貫き、清成との思い出を胸に、一族の菩提を弔い続ける。そして、彼女と斎氏一門の思い出を日記に書き始めた。
しかし、娘も歳を取ると自分が亡くなった後、自分はともかく斎氏一族の菩提を弔ってくれる人がいないことを嘆き、
願はくは我が後の世はさてもなほ背子の忌をとふ人のあらなむ
と日記に書き込んだ。
さて、この願いが叶ったからだろうか、時の中納言・氏原賢家は、勅撰和歌集を集める為、歌人として名高い娘の日記を借りに来たのである。
娘は、せめて清成らが生きた証を後世に残したいと思い、その日記を貸した。
その日記は、今も写本を通じて伝わっており、斎氏の栄枯盛衰の美しさは多くの人の涙を誘っております。




