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大樹の子  作者: Toyo
1/4

大樹

「やぁ!」


気さくに声をかけてきた彼は人里離れた山奥でひっそり暮らす少年の前に突如現れた青年。その顔は自分と瓜二つだった。


「……。」


挿絵(By みてみん)


「俺は君の全てを知っているよ。

……怖いんだろう?暴走が。」



「……消えろ……!!」


青年は少年の叫びを静かに受け止めた。表情ひとつ変えずまるで柳に風とでも言うように、その言葉の刃を受け流す。彼の背後では風が木々を揺らし、木漏れ日がちらちらと地面を照らしていた。


「その願い、叶えよう。」


彼は一歩ゆっくりと少年に近づいた。


「俺は元いた場所から消えた。君の願いは叶った。」


「…はぁ…」


敵意はない。ただどうしようもない事実を告げるかのように、穏やかな、しかし有無を言わせぬ声で言葉を続ける。


「その力は君が思っているよりもずっと強大で、そして危険だ。

今は感情のままに言葉を振りかざしているだけ。いつか必ず取り返しのつかないことになる。」


「…君の父親のようにね。」


少年の脳裏に、忘れたくても忘れられない光景が洪水のように押し寄せる。両親の顔、笑い声そして―――世界が崩壊していく音。知識としてではなく魂に刻み込まれた記憶が、彼を苛む。目の前の男が何者なのか、理屈ではなく本能が理解し始めていた。


君の中にはその忌まわしい記憶も全て眠っている。

そして、同じ悲劇を繰り返す可能性も。


「俺の名は大樹。10年後の未来から来た、君自身だ。

この力と記憶の重荷を乗り越えるために俺はここにいる。」


「さあどうする?このまま誰にも理解されず、一人で怯えながら生きる?

それとも、俺と一緒にその呪いを祝福に変えるための修行を始める?」


少年は答えた


「未来の俺?大樹だと?

俺に名前は無い……。

誰がその名前をつけた……。」


その問いに青年――大樹は一瞬だけ目を伏せた。どこか遠い昔を懐かしむような、それでいて少しだけ物悲しい色がその瞳に浮かぶ。だが、すぐに顔を上げ真っ直ぐに少年を見据えた。


「名前をつけたのは、俺の師。

俺たちは大樹から産まれた。

だから大樹(ひろき)だと。」


「俺たちは大樹から産まれた」――その一言は雷鳴のようにだいきの意識を撃ち抜いた。疑惑が確信に変わる瞬間。自分が何処から来て、何者であるのかその根源的な問いの答えがそこにあった。目の前に立つ男は紛れもなく未来の自分。この孤独な力の連鎖の果てにある、一つの可能性そのものなのだと、彼は直感的に理解した。

少年の顔から険が消え、驚愕とそしてわずかな諦観が浮かぶのを見て取ると、未来の大樹――師匠は小さく頷いた。


「そこまで知っているのか…


本当に未来の俺なのか…


俺はこれからどうしたらいい……」


少年の弱々しい問いは、森の静寂に吸い込まれていく。青年――未来の自分はその言葉にわずかに口元を緩めた。拒絶でも、絶望でもない。ようやく対話の扉が開いたことを、彼は確かに感じ取っていた。


「この力を制御させる。

そして次の師となってもらう。」


青年がそう言った瞬間、少年の足元で小さな蕾だった名も知らぬ野の花がふわりと咲き誇った。風もないのに。


「君はどんな願いも叶える。

しかし歪んだ形で望んだ形では叶わない。


さっきのように俺に消えろといっても

その場から1歩でも歩けば消えたという解釈になる。」


「食べ物が欲しいと願ったら寝床に

蛆がわいたこともあるだろ?

生で食べても貴重なタンパク源だからね。あと豚の頭だらけになったり」


「中途半端な願い方では望んだ形は産まれない。

なら、どうやって制御するのか。


方法は3つ。


1つ目は、知識を持っていること

2つ目は、経験をしたことがあること

3つ目は、鮮明なイメージを描くこと


いつ、どこで、だれが、だれに、なにを、どうやって、どのように叶えるのか。瞬時に思い描かなければならない。」


黙って話を聞き終えると少年は困惑した表情で未来の自分を見つめた


「……どれだけ具体的に願っても……記憶もあるのに自分の首を絞めることになる……。」


少年の困惑した瞳を、未来の自分――大樹は真っ直ぐに見返した。その眼差しには同情や憐れみではなく、かつて同じ場所に立っていた者だけが持つ、深い理解が宿っていた。


「俺もそうだった。

具体的に願うだけではだめなんだ。


例えば……

今、俺が、皿の上に乗ったステーキを、量は100g、厚さ3.5センチ、部位はサーロイン、中心は赤みを帯びたミディアムレア、外側は高温の鉄板で一気に焼き固められ、表面にはメイラード反応による濃い焼き色、焦げではない香ばしさの境界線の焼き加減で。ナイフを入れると、繊維がすっと抵抗し、そのあと静かにほどける。断面から滲む透明な肉汁。

血ではない、旨味の液体。

口に入れた瞬間、最初に来るのは焼き目の香ばしさ。

次に脂の甘み。そのあと、赤身の鉄分の深み。

噛むたびに温度が下がり、旨味が広がり、唾液と混ざって完成する。塩は粗塩。

噛んだ瞬間に粒が弾ける程度。

黒胡椒は挽きたて。香りは立つが、支配はしない。

……仮にここまで君が具体的に願っても決して君には叶わない。

何故なら本当のステーキの味を知らない。

経験が無いからそこから歪みが生じる。」


黙って聞いていたが確かにその通りだった。記憶保持の力があるため食べ物や料理に飢えていたのだ


「…ならどうすればいい……」



「経験を積むこと。そのために俺が来た。


ステーキの味を知らないなら俺が教える。

俺の経験してきたあらゆるソース、焼き加減、量、部位。

牛だけじゃない、豚、鶏、羊、海の幸、ジビエ、野菜。


当然料理だけじゃない。

学問なら自然科学、社会科学、人文科学、数理系、技術、芸術・表現……


スポーツや娯楽も混ぜながらいく。

この世のあらゆる知識と経験を君に叩き込む。」


なるほど……といった表情で頷く。しかし同時に悩みが生じた。いくら経験や知識があったとしても食べ物などは胃袋の容量上限があるので毎日沢山食べることが出来ない


「…仮に、経験や知識があっても1度に食べれる量は決まってる……。

1度の食事の量は100gが限界なのに

1000gも食べたいと願ったらどうなるんだ……?」


「いい質問だね。」


未来の自分――大樹はまるで優秀な生徒を褒める教師のように、満足げに頷いた。少年のその現実的な懸念はまさに能力を理解する上で重要な視点だったからだ。


「無理にでも1kgを食べ切る経験をすることになる。

胃がもたれ、限界を迎え、嘔吐する。

そうすると不思議とまた食べられる。

経験しないと聞いただけでは分からない。


楽しいだけじゃない、苦しみも経験してもらう。

食べ吐きだけじゃない。

あらゆる病気や怪我、老衰、そして死。


どんな現象もイメージ出来る人材になってもらう。」


大樹は少し引き気味だったが覚悟を決めた表情で頷いた。理解したからだ。この10年未来で自分がどんな経験をしてきたか……。きっとその全てを叩き込まれるのだろう


「分かった……。だけど制御できるようになるには何年かかるんだ……。」


「俺は数百年かかった。

病、怪我、老衰、で命を落とす寸前に師匠が時を戻した。

そしてまた新しい経験を積みながら違う死を迎えて修行に励む。

この修行は想像を絶する。

いっそ暴走して消えてしまった方が楽だと、本気で思う日が来る。

……それでも、やる?」


青年――未来の大樹の目は真剣だった。そこには一切の甘えも、同情もない。これから始まる過酷な道のりを前に、最後の確認をするかのような、厳しい光が宿っていた。


大樹は真剣な表情で頷くと覚悟を決めて口を開いた


「ああ、やるよ。制御できるようになるまで何百年かかっても。どんな地獄の苦しみを味わおうとも……!」


「OK!」


未来の自分――大樹の口角が、ほんのわずかに満足そうに吊り上がった。その瞳の奥に一瞬だけ安堵とそしてこれから始まるであろう長い旅路への覚悟が入り混じった複雑な色が浮かぶ。


「今日から俺のことは大樹ではなく師匠と呼びたまえ」







一応結末は出来てます

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