4-2 長岡の洪水
長岡の洪水
長岡では、雨が降り続き、洪水が起きていた。集落は高台に作ってあったのでなんとか無事であったが、長岡の水利は決壊してしまい、すぐに溢れてしまい、収穫が半減しそうになっていた。
「殿様、直江津王国に補足を頼みましょうか?」
「頭を下げるのも仕方がないのぉ。直江津王国は、無事なのか?」
「はい、大丈夫です。」
長岡のこの場所を教えてくれた移動するグループは、すでに移動するよりも、ひとつの集落で、暮らしていた。
移動して暮らすのは、辛く大変なことであった。米作りをする代わりに、長岡の為に動いていた。
「そなた達が、動いてくれるので助かる。頼む、いまの王は、我のいとこなのじゃ。何とかできるじゃろう」
長岡の殿様は、直江津王国の今の王の曾祖父さんの弟の子孫であった。王との間はとても近い存在であった。
殿は、水害による、米の不足分を直江津王国に回してもらう為の代償を何にするか悩むのであった。
直江津王国と長岡の中間にいた柏崎でも動きがあった。
柏崎の支配者は、王族であったが、王になり損ねた者の子孫であった。
長岡が動くのを見て、直江津王国を我がものにしたいという気持ちが高まってくるのであった。
しかし、直江津王国では、この数百年で、水利の管理や鉄の加工が発達し、その力を強めていた。
技術力を持った子孫が多くいて、この集落のため水利の効率が上がり、雨にも強く、生産量も増えていた。
だから、柏崎や長岡では、相手にならなかった。
長岡から、支援の言葉をもらった時も、代償は指定したが、あっさりと許可し、長岡を助けるのであった。
長い年月が経つにつれて、米を作るという事が同じでも、力に差がついていることが明白であった。
佐久の集落でも、このようなことが起きた時の準備が出来ていた。
浅間山の噴火のあと、佐久の巫女が、戸隠や浅間山婆様と話。見ることが大事と言われ、移動するグループのオヤジに頼み、直江津王国や柏崎、長岡、新潟に、仲間を置いて、彼らの目を通して、その集落の動きを観察することにしていた。
だから長岡の動き、柏崎の動き、直江津王国の動きを理解することが出来た。
確かな情報が手に入るようだ。
柏崎では、直江津王国の態度に、王国としての力を見せつけられたと感じたのだろう。柏崎は、何もできない。手がないと判断し、止まっていた。
春日山の辺りは、海辺に向け、よく晴れ渡っていたが、妙高の辺りは、どんより曇っていた。




