3-10 弥生の世界の中で
弥生の世界の中で
直江津王国は、紀元前5世紀頃の渡来人の入植で弥生集落が始まったが、支配層の面々は縄文巫女と混血した、王子をこの集落の王として、支配を積み重ねていた。
そして、その王族が、移動するグループに導かれ、新たな弥生集落を柏崎、長岡、新潟に誕生させたが、その集落は豪族化して、直江津王国とは、別な支配体制を発展させていた。
王族の分化は、渡来人の記憶を忘れ、支配層だけが残るかたちになった。
一方、直江津王国では、10代目の王が、住民の声に押されて、新たな領地を作ることになり、王の娘を巫女として、川前の集落や佐久の集落へ送ったが、直江津王国の支配層は、かつての渡来人の記憶を多く残すのであった。
しかし、縄文巫女の記憶も10代目が、新たに回帰させ、縄文巫女の記憶と渡来人の記憶の残る特殊な場所となるのであった。
そして、直江津王国の新たな領地として生まれた川前の集落や佐久の集落では、10代目の王が亡くなると、独自に巫女と長の支配が強まっていった。
川前の集落の巫女は、噴火の後は、更に儀式的な動きを強調し、長の支配の大きな支えとして、その力になっていった。
こちらも川前の集落を始め、先の集落を含めた、別の豪族化が進んでいった。
また、噴火で大きく被害の出た佐久の集落では、巫女が戸隠を訪ねるなど、佐久の巫女という意識が高まり、直江津王国の新たな領地を生んだ、移動するグループと合わせ、広く、弥生集落を見渡し、探る動きが強まっていった。
縄文巫女が平地の巫女としての意識が高まり、平地の動きに意識を広げ、浅間山の婆様との付き合いも深くなっていった。
こうして、豪族化が進む世界の中、浅間山の婆様の所に通う佐久の巫女は、縄文の知識や移動するグループによる弥生集落の情報を得て、特殊な立場を取る集落になっていった。こちらも別の意味で豪族化が進んでいた。
そんな風に、あらゆる可能性を秘めた、新たな弥生の世界が誕生するのである。
そして、時が経ち、佐久の集落でも、新たな巫女が経ち、新たな侍女がその役目を始めるのである。
いよいよ、紀元前0世紀が始まった。
佐久の若者達の歩みも、静かに動き出そうとしていた。
浅間山の噴煙が、青空に白く棚引いていた。
《あとがき》
ここまでの3章では、紀元前5世紀頃から紀元前0世紀までの、北陸・信州に広がる弥生世界の姿を描いてきたと考えています。
御代田や佐久において、縄文遺跡が豊富であるにも関わらず、弥生期の痕跡が薄く、時間的な空白が存在しています。
その空白を、地形と文化の流れから「こうであったかもしれない」
と再構成したのが、これまでの章でした。
次の4章からは、いよいよ人物たちが動き始めます。
いまから2000年前、紀元前0世紀の日本。
日本の原点は、日本書紀や古事記に描かれる物語よりもさらに深く、
一万年以上前からこの列島で暮らしてきた人々の営みの中にある――
と、私はそう考えています。
その長い時間の積み重ねが、人の歩みを通して日本という形をつくり上げていったのだと。
第4章からは、私が本当に描きたかった世界が始まります。




