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紀元前0世紀の物語  作者: 熊さん
第3章 弥生の世界
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3-2 新たな豪族の誕生

新たな豪族の誕生


10世代目の王による長野盆地や佐久平への移住は、直江津王国の支配を強固なものにしていき、王の権威を高めることになった。

しかし、柏崎や長岡、新潟に生まれた弥生集落にも、移住した王族が首長になり、新たな支配の形が生まれていた。


首長による支配が広がり、各地で地方豪族的な動きが始まるのであった。


長野盆地や佐久平でも、遠くの直江津王国の権威よりも、巫女による支配の権力が強くなっていくのであった。遠くの直江津王国が支配を維持するのに限界が来ていたのである。距離と時間により、その力が徐々に弱まったのであった。


10代目の王が亡くなると、その動きは顕著になった。検分役の移動するグループも代替わりし、検分役の仕事は置き去りになっていった。移動するグループであった彼らは、その動きを変えることもなく、縄文ネットワークの記憶をそのままに生きていった。直江津王国とは、別の存在になっていった。


長野盆地の川前の集落では、若い巫女が管理者と結ばれ、子が生まれる。


年長だった最初の長は引退し、巫女と結ばれた新たな管理者が長を継いだ。検分役も役目を終え、川前の集落での支配は、長が引き継ぐことになった。


巫女は、縄文巫女の教えのもと、祈りを続け、米の豊作への祈りを続けていた。


巫女の存在は、王国の権威よりも、その精神的な支えにより、巫女と長が共に支配の力を堅持するようになっていった。


先の集落では、弥生集落としての発展が先の集落の先に徐々に進んでいっていた。しかし、支配の権威は川前の集落の巫女に従う気運が生まれていた。


王族の巫女という力が強大な権威として、支配を継続していったのである。


こうして川前の集落では、巫女と長が支配の中心になり、佐久の集落では、巫女の力が大きくなっていった。


佐久の集落では、王族の娘が巫女として入村すると、若い長と結ばれ、娘を産み、こちらは巫女が支配の中心に変化していった。若い長はあくまでも王族に忠実であった。


巫女は、縄文巫女の教えをよく覚えており、若い住民も巫女の教えをよく聞いていた。

子が生まれ、時が進むと、その形は大きく進んでいった。


秋の収穫時には、広場に火を焚き、巫女が侍女と共に踊り、その収穫を祝う。冬場に備えた神殿では、春の訪れを待つ祈りが続いた。そして娘も巫女の修行を続けていた。


こうして、佐久の集落でも、巫女を中心とした、支配の形が変化していったのであった。


直江津王国という大きな動きは、地域の小さな弥生集落を生み、豪族としての支配の構造を様々な形で生まれていくのであった。


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