表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/9

第三段階:久々利城攻略

1584年6月 美濃国 高山城


 土岐川流域の高山城を落とせば、次は北の木曽川流域への進出をうかがうことになる。ちょうど妻木城が土岐川流域への関門であったように、今度は久々利城が木曽川流域への関門となる。

 久々利城は森氏によって改修され、重臣の林長兵衛が守りについていた。彼はかつて高山城主の平井頼母を久々利城に酒宴に呼び出し、暗殺した人物である。

 徳川が高山城周辺で召し出した平井の旧臣たちにとっては仇敵であった。主君の敵討ちに暴走されても困るのだが……もちろん、平井旧臣には主君への忠誠心がドライな連中もいる。中には森氏に仕えて高山城を守って討ち死にした者もあった。

 主君殺しの十字架を背負う光秀はどちらに対しても何かを言える立場にない。


 流石に林長兵衛は采配が巧みであった。徳川軍が山間地から久々利城下の盆地に抜けるまでの間に攻撃を仕掛けてきて、足止めを食らわせてきた。後列の元気な部隊が反撃に出ようとすると、さっと引き上げて次の反撃地点に撤退するのである。

 しかし、林が前線に出張っている間に高山城にいる明智光秀の手が久々利城内に伸びていた。


 そもそも前の久々利城主である久々利悪五郎頼興は森氏の本拠地金山城に招かれ、宴会から帰るところを謀殺された。それ以前に久々利悪五郎が烏峰城(現金山城)主、斎藤妙春を久々利城での花見に招いて厠で殺害していた。久々利悪五郎を金山城で討ち取ったのは彼に謀殺された斎藤妙春の孫に当たる加木屋正則だったという。

 止まぬ復讐の連鎖に輪を一つ付け加えるのが明智光秀の仕事である。なお、久々利一族は本能寺の変で亀という名の信長の小姓を死なせており、明智光秀が存在を知られれば自らも復讐の渦に巻き込まれることになる。密書の交換は妻木の名を借りて行い、慎重に振る舞う必要があった。


挿絵(By みてみん)


 ようやく山道を抜け出した徳川勢は久々利城の麓を取り巻き、大手口への攻撃を開始した。しかし、そこには森氏が手を加えて造った枡形虎口が待ち構えていた。同一平面上からの横矢に頭上の曲輪からの立体的な攻撃まで加わって、塁線に近づくことすら難しい。

 一歩一歩、竹束を設置しては、そこを陣地に鉄砲を撃ち返す状態だ。その竹束も高所から落とされる岩で破壊されることがあり、そうなると姿を暴露した鉄砲足軽は悲惨な目に遭った。

 今度は高山城のようには落とせない。


「広がれ!城を包んで攻めよっ!」


 菅沼定利が采を振る。彼が信州から率いてきた保科正直、小笠原信嶺、諏訪頼忠、山村良勝らの兵が久々利城の別方向から攻めかかろうと展開する。しかし、虎口以外の場所は険しい切岸になっている。


「無駄なことを!」


 林長兵衛は指揮所の高台から、敵の動きを見下ろして吐き捨てた。しかし、完全に無視するわけにもいかない。

「やむをえぬ。奥の曲輪から兵を呼べ」

 指揮所の奥にある本丸的な曲輪に詰めていた兵を呼び寄せる。敵が山の斜面上を展開するのには時間が掛かる。現時点では奥の方を手薄にしても問題はない――はずであった。


「今ぞ!森の兵を討て!久々ききょうの旗を掲げよ!」


 ここで奥の曲輪に密かに集まっていた――というか、言葉巧みに森の兵を先に曲輪の外へ行かせた――久々利悪五郎の旧臣たちが蜂起した。残っていた不運な森の兵が優先的に殺される。

「なんじゃと!?」

 想定外の展開に林長兵衛は動転した。金山城には久々利氏の人質もいるというのに……森兵を皆殺しにして裏切りが知られなければ良いと考えたのか、人質の犠牲も覚悟したのか、いまさら森家重臣に確認するすべはなかった。


 彼からみればまさしく、前門の虎、後門の狼。


 城内の異変を察知した徳川兵が本格的に枡形虎口に攻撃を加える。寝返った後方の曲輪からは弓矢鉄砲が飛んでくる。久々利城の指揮所と下の曲輪に行き来するためには、奥の曲輪から横矢を掛けられる道を進まなければならない。

 本来は指揮所を守るための工夫が裏切りによって城兵の移動を阻害する最悪の罠になってしまった。切岸を滑り降りれば下の曲輪に一方通行で移動することは出来なくもなかったが……それでは下の曲輪から逐次撤退して敵を消耗させる作戦は使えない。

 それどころか後方で変事が起こったことを察した前線の兵たちが動揺しはじめた。明らかに狙いが定まらなくなっている。


「おのれい!まずは奥の曲輪を取り戻す!裏切り者は撫で切りじゃ!!」


 林長兵衛は指揮所の精鋭を奥の曲輪に突っ込ませた。勇ましい言葉とは裏腹に撤退も視野に入れている。返り忠に制圧された曲輪を抜かねば東の山中に分け入ることも難しい。北の谷に入って北の副郭がある峰に登る手がなくもないが。


 しかし、指揮所と奥の曲輪を結ぶ通路は細い尾根道一本。長い土橋のごとき代物である。これに対しても奥の曲輪から横矢が掛かる。さらに尾根道との合流点を挟んだ反対側の通路上にも弓兵が展開し、久々利城の最高所である見張り台曲輪の上には鉄砲が配置された。


「この城は元々久々利衆の物だ!だから我らが一番上手く扱えるのだ!!」


 狭い一本道を突撃してくる森兵に対して、飛び道具が三方向から浴びせられる。正面上方の見張り台から撃ってくる鉄砲は、口径の大きい大鉄砲。南蛮胴の鎧さえも弾丸の巨大なエネルギーで打ち砕いて着用者の内臓を破壊する。発砲した側も反動で脱臼して別の射手が代わったほどだ。

 手足の細い部分に弾丸が当たれば、そのまま貫通して後列にも被害を与えた。

 強烈なマンストッピングパワーに否応なく森兵の足が止まったところに左右からの矢が襲ってくる。


「ぐわっ!」

「うげっ!」


 勇敢な森の武者たちも精神力で覆せないほどの物理量をぶつけられて尾根道から左右に転げ落ちるしかなかった。


「なんという……」

 林長兵衛は言葉を失う。そんな時に下からは枡形虎口が突破された歓声が響いてきた。

 こちらから奥の曲輪に攻め込むのが難しいのと同じく、奥の曲輪から指揮所を攻めるのもそう簡単ではない。できうれば日没まで抵抗を続けて夜陰に紛れて脱出する。そのつもりで林長兵衛は指揮所に踏みとどまって抵抗することを選択した。

 しかし、結局はそこまで時間を稼げず、彼らは四面楚歌の中に沈んでいった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ