婚約破棄ですか。それなら私は「ある計画」を実行します
こちら別タイトルで連載版ありますが、
短編のみでも読めます。
連載→短編がご不快な方はご注意ください。
(なお、ブラッシュアップしてこちら再投稿しております)
「フローラ・ハインツェ伯爵令嬢よ。本日をもって、この私、ディーター・キルステンは貴殿との婚約を破棄する!」
講堂に威勢のいい声が響き渡った。
それは卒業式という晴れの舞台に似つかわしくない内容の言葉。
その場にいた人々は何事かと声のするほうを見た。
そこに立っていたのは今日卒業を迎えたキルステン公爵家の嫡男である。
注目を浴びている彼の視線の先には、たった今婚約破棄された令嬢──フローラがいた。
(婚約破棄……)
婚約破棄宣言で静まり返った場で、フローラはそう心の中で呟く。
しかし、彼からの言葉に特段驚きはしなかった。
なぜなら、ディーターが一ヶ月ほど前からフローラの隣のクラスに在籍している子爵令嬢をいたく気に入っているのを知っていたから。
自分にきっともう愛情は向いていないのだろうとなんとなく察していた。
フローラの心情に気づかないまま、ディーターはなおも言葉を続ける。
「フローラは我が幼き弟ルイトをたぶらかし、弟と遊ぶばかり。私の未来の妻としての教育などまるで受けようとしない。そんなフローラは、私に相応しくない」
一方的な言い分のもと、ディーターはフローラにひどい悪態をつく。
その言葉に傷つきながらも、彼女の心は強くあり続けられた。
なぜなら、彼女も彼との別れを覚悟した上で「ある計画」を実行しようとしていたからである。
(「あの計画」をおこなうのは、今しかない)
心の中で最後の決心をした彼女は、大事に持っていた書類を用意する。
そして、少し前のある日の出来事を思い出す。
◆◇◆
暖かい日差しの中で、少女と一人の子どもがかくれんぼをしていた。
「ルイト様、み~つけた!」
「わあっ! フローラ! みつかっちゃった~」
フローラと呼ばれた少女は、子どもをぎゅっと抱きしめる。
まだ四歳のルイトは、そんな少女の腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「ねえねえ! たかいたかいして~!」
「ええ~、一回だけですよ~?」
ルイトは甘えた声で少女にせがむ。
しかたがないと言った様子を見せる少女も、なんだかんだこのルイトが可愛くて仕方ない。
高くルイトを抱き上げた少女の顔は穏やかだ。
自分の背よりはるかに高いところに到達したルイトは、嬉しそうにきゃっきゃと声をあげる。
フローラは再びぎゅーっと抱きしめると、今度はルイトの頬をぷにぷにと触った。
「もう、いつもぷにぷにする! やだあ~」
「ルイト様のほっぺは、ぷにぷにで気持ちいいんですよ~」
二人はじゃれ合って本当の姉弟のように遊んでいた。
そんな幸せな時間も束の間で、遠くの方からルイトを呼ぶ声がした。
その声を聞いたルイトは、体をビクリとさせて怯える。
「ぼく、いやだ。お兄様のとこ、行きたくない……」
先程までとはうって変わって、彼の声は震えてか弱い。
さらに目をかたくつぶって今にも泣きそうな顔をしているではないか。
(ルイト様、もう少しご辛抱ください。もうすぐ、もうすぐであなたをお救いできますから。そうしたら……)
ルイトの怯える様子を見た少女は心の中でそう呟く。
そして、彼を宥めるように優しく頭を撫でてあげた。
「大丈夫です、またすぐ会えますよ」
「ぜったい?」
「はい、絶対お約束いたします」
フローラの優しい笑みにルイトはうんと一つ頷いて、彼は兄の方へと走っていった。
その折、何度も振り返ってはフローラのほうを見つめる。
少女は彼が安心するように微笑んだ。
やがて、ルイトの姿が見えなくなると、少女の顔は真剣な顔つきになる。
(ルイト様。必ず、あなたを助けてみせますから……)
ルイトは少女──フローラの婚約者であるディーターの弟であったが、彼ら兄弟は母親が違ったためにルイトは兄ディーターに虐げられていた。
婚約者として過ごす日々の裏で、フローラはこうした現状に心を痛めていた。
なんとかして幼いルイトを救ってあげたいと願った彼女は、自身ができる唯一の方法で彼を救うことを計画する。
そして、ルイトを救うための「ある計画」は着々と進められていく。
◆◇◆
ルイトとの約束を思い出したフローラだったが、一方、ディーターはというと、自分の婚約破棄宣言に何も反応しないフローラにイラついていた。
我慢の限界が来た彼は、顔をしかめて大声でフローラに問いかける。
「フローラ! 黙ってないで何か言ったらどうなんだ!」
ディーターの怒鳴り声で、皆の視線がフローラに向いた。
フローラは式の最中ずっと手を繋いでいた小さな子どもに視線を合わせる。
そうして、彼女は子どもに微笑んで言った。
「ルイト様、少しお待ちくださいね」
「うん!」
そう言ってフローラはおもむろに立ち上がり、ディーターのほうへと向く。
(では、少し早まってしまいましたが、計画を実行しましょう)
小さな息を一つ吐くと、フローラは背筋を伸ばした。
そうして品の良いお辞儀をして彼に告げる。
「ディーター様、婚約破棄の件、承りました」
「なっ!」
「では、僭越ながら、私からも申し上げたいことがございます」
「な、なんだっ!」
思いのほか婚約破棄がすんなりと受け入れられたことにディーターは驚きを隠せない。
彼は焦った様子でフローラに尋ねた。
しかし、フローラは彼の挙動に一切動じない。
「あなた様は、不貞の子だからと異母弟のルイト様にひどい仕打ちをしましたね。ご両親のいない日の食事ではルイト様の分を捨て、そしてお父上に叱られた腹いせとしてルイト様をぶって、大切にしていたおもちゃを燃やした」
「なっ! そんなことするはずないだろう!」
家柄もよく成績優秀であったディーターの裏の姿に皆ざわめきだす。
学院での彼の様子からは想像できなかったのだろう。
やがて、皆ひそひそと話し始めた。
フローラはまわりの様子を気に留めず、ディーターへ言葉を続ける。
「ですが、ご両親に私からこのことを進言しても、信じてもらえないでしょう。ですから、私がルイト様を引き取り、うちでお育ていたします!」
先程までひそひそ話をしていた学生たちから驚きの声がいくつかあがった。
侮辱された挙句、弟を引き取るという言葉にディーターは怒りが収まらない。
そして、彼は頬をひくひくとさせながら、フローラを指さして怒鳴る。
「そんなこと、できるわけないだろう!」
怒りで体を震わせながら反論する彼に、フローラは一枚の書類を見せて告げる。
「この書類は『貴族の縁組み許可書』です。ディーター様ならご存じですね?」
「なぜ、お前がそれを……!」
この国では貴族間で養子縁組みがおこなわれる際に、この『貴族の縁組み許可書』が国から発行されることがある。
この場合、貴族の子どもが虐待を受けているのを見た第三者が国に申請をし、調査によって虐待が認められれば発行されるというもの。
「ルイト様が痛めつけられているのを見て、私が国に申請をしました。すぐに調査が入り、あなたの虐待が正式に認められたのです」
「そ、そんな……」
信じられないという様子でディーターは驚いている。
「あなたのご両親は虐待の事実を否定し続けているため、まもなく国から厳しい指導と処罰が下されるそうです」
両親の処遇を聞いたディーターは、その場にへたり込んでしまう。
彼は明るくない自分の行く未来を想像しているのだろうか。
そんな風にフローラは彼の様子を眺めていた。
彼女の告白を聞いた人々は口々にディーターを非難し始める。
「ひどいな、虐待とは……」
「フローラ様も今までお救いできないもどかしさで辛かったでしょうに……」
どこかから聞こえたその言葉に、フローラは心の中で否定する。
(いいえ、お辛いのはルイト様です……)
フローラがそう思うのには理由があった。
実はルイトが国で保護されて他家への養子縁組みがおこなわれることが決まった際に、ルイトの両親は「邪魔だったから保護してもらえるならありがたい」と迷いなく彼を手放したのだ。
(邪魔だったなんて、そんなひどいこと言っていいはずない!)
フローラはそう思い立ち上がった。
いてもたってもいられなくなり、自分の家で育てる決心を固めたのだ。
「あなたに……あなたたち家族にひどいことをされたルイト様をこのまま見捨てることは、私にはできませんでした。幼い子どもを痛めつけるような方とは、私も一緒にはやっていけません。それでは、ごきげんよう」
ディーターに背を向けて去っていく彼女の長く美しい髪が揺らめく。
彼女はじっと待っていたルイトに声をかける。
「さあ、ルイト様、いきましょうか!」
「フローラとあそべる!?」
「ええ、いーっぱい遊びましょうね!」
悪事を同級生たちの前で暴かれた彼は、呆然として動けない。
この後、彼が冷たい視線を受け続けて生きることになるのは、避けられないだろう。
そんな彼らに背を向けて、フローラたちは楽しそうに学院玄関へと向かっていく。
「私があなたを絶対幸せにしてみせますからね!」
「しあわせ~!」
ルイトの嬉しそうな声が響いた。
二人は新しい生活に向けて、歩き出した──。
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この後の二人の子育て溺愛ストーリーやフローラの未来の旦那様である王子に翻弄される話に興味があれば、下リンクからいける連載版をご覧いただければ大変嬉しいです!