第8話 依頼と戦痕
「実は今回の展示会は、今まで同様スミスクラウンの新作の展示だけではなく、実験的な装備・装具の発表も行われるのです」
「実験的な装備?」
「はい。なかでも注目すべきなのが、様々なエナジーを応用できる特殊な縫製で組まれた装備品です。今までは、装備とエナジーを一体で利用するには多くの手順を必要としていました。大陸の他の国でも、装置の小型化は進んでいますが、装置が不要な段階には至っていません」
「ですが、今回の展示で、その不可能に挑戦するチャンスを私たちは発表するのです」
「つまり、今までどの国でも実現しなかったものが、今回展示される、と言うことか?」
ピアーの説明に、エリオから端的な質問が投げかけられる。周囲の耳に届きにくい、細い声で。
「はい……それで、この招待状の目的の一つは、エリュ・トリの冒険者の中でも先進たる活躍をされている皆さんに、いち早くそれらに触れていただこうと思い、こうして私が赴きました」
「先進たるって言われるとなんか恥ずかしいわね。確かに冒険者の等級は一番上だけど」
シルヴィが銀色の髪をいじりながら、まんざらでもないように呟く。エリオ、レジーナも思うことは同じなのか、ピアーの褒め言葉に対しての反応がよそよそしかった。
「それで? 一つって言ったんなら、それ以外にも目的があるってことだよな」
「ジーン様の仰るとおりです。もう一つというのは、その会場の警備と警戒です。今回の展示が今の様な特殊な製品を含むため、警戒もより厳重にしなければなりません。我々も警備を担当する人員は投入しますが、確固たる実力がある冒険者の皆さんなら、事態が起きた時の収束、あるいは事態を未然に防ぐことが出来ると予想して、お父様に納得をいただきました」
ピアーの説明に、僅かに空気に緊張が張る。
「利用していると思われるのは承知の上です。ですがやはり」
「いいや、むしろ肩の荷が降りた」
「えっ?」
肩をすくめて謝辞を告げようとした時、エリオから慰めのような言葉が返ってきた。
「何も知らずにお偉いさんの前に立つよりも、そう言った目的がある方が何倍も気が楽になる。これは冒険者の性分と言うものだ」
「そうそう、エリオや私はそういう警備や哨戒の専門家だから、安心して任せてちょうだい!」
「……ありがとうございます、そう言っていただけて、こちらも安心しました」
緊張の空気は完全には晴れないものの、その場にあった不安げな雰囲気は、今の会話でかなり和らいでいた。そして、一同が来たる一ヶ月後に思いを馳せていると、さらにピアーから話が続けられる。
「とりあえず、皆さんにお伝えすべき目的はその2つです。ですがスカーさん」
「ん?」
「あなたには、もう一つの目的をお話しなければなりません」
ピアーがさらに話を進めると、今度はスカーとピアーの間に緊張が走った。
「それは、私個人に対してって事ね」
「はい。これについては私ではなく父上……スラック・スミスクラウンから直接伝言を預かっています」
「スラックから?」
全員が驚く間もなく、ピアーはさらにスラック・スミスクラウンからの伝言を伝えるために、その場にガタッと立ち上がった。
「クロス・リッパー。その悪名はスミスクラウンにも響いている。防具師にとって脱がされることは屈辱だからな。そこで、今回はお前の力と我々の技術の、どっちが上か競いたい。これは、この鉄冠からの挑戦状だ」
朗々と低い声で、ピアーは自分の父スラックからの伝言を読み上げる。一通り伝えると、ピアーは少し頬を赤らめて、自分のしたことを少し後悔した。
「……で、ですので。特にクロス・リッパー、スカーさんには、父からの挑戦を受けてほしいということで、そう言伝を預かっています……はい」
「うん、まあお疲れさま。けど、そう言われたんじゃ受けるしかないわね。この鍛造してもらったダガーのお礼もあるし、私は断る理由がないわ」
「俺も行くぜ。新しいものってのはいつでもワクワクするからな」
「私も行きます。エリオも行くんでしょ?」
「あぁ、遠慮なく参加させてもらおう」
「ずいぶんとうますぎる話のような気もしますが……わたくしももちろん、ヴェスパー家に名を連ねる冒険者として参加させていただきますわ」
こうして、ピアーからの申し出と四通の招待状は無事に必要な人物に届けられ、一ヶ月後の展示会まで、エリュ・トリを代表する五人の冒険者たちは、英気と資金を養うこととなった。
ある日の午前中、レギーナはトリ・セントレを離れて、とある場所まで来ていた。
「っ⋯⋯」
エリュ・トリの西端、そしてこの世界樹の都と呼ばれる国においても西端にあたる場所、草の禿げた荒野が混じる平原、向こうには枯草地帯となった森、そして間を駆け抜けるのは、生暖かい風。
「もう、三年前なんですのね」
――スィンツー侵攻戦。エリュ・トリが間違いなくこの国を守りきった戦いであると同時に、エリュ・トリの歴史において、最も衝撃的な紛争だと、市民たちには語られている。
レギーナ・コルセット・ヴェスパーは、当時まだ16歳だった。だがエナジーの操作力は高く、入った冒険者ギルドで長剣の技術を鍛え上げて、大小の討伐や治安維持にまい進したおかげで、第二等級まで上り詰めていた。それは、あの侵攻戦において、前線に立つに足ることを意味していた。
スィンツーの兵力三千人。
前線で防衛を任されていた冒険者は皆、隊列を乱さず力強く侵攻してくるその数の暴力に、戦況を支配されていた。レギーナもまた、集団を相手にすることとなり、少しでも集中を見出せば即死という瀬戸際まで追い込まれていた。
やがて前線は、その防衛ラインを下げて撤退を余儀なくされ、レギーナはいくつかの傷を負いながらも、その防衛ラインへ敗走せざるを得なかった。
だが、その敗走は、その後の前線の光景に比べれば、慈悲に満ちあふれた判断だった。――
「何を一人で感傷に浸ってんだい、レギーナちゃんよ」
深く遠い眼差しを荒野の向こう側に向けてたそがれていた時、後ろからジーンが声をかけてきた。
「ジーン……今日はスカーと同行ではないのですね」
「オレぁあいつの旦那じゃねえからな。必要な時に必要なように組む。冒険者ってのはそのくらい淡泊なんだよ」
適当なことを言いつつレギーナの横に立ち、先ほどレギーナが眼差しを向けていた景色を、同じようにジーンも見通す。
「まだ、忘れられねぇのか」
「あんな光景を忘れるなんて」
「そんなもんか、オレはもう朧気だ、歳ってのは怖いねえ」
そう言うと、ジーンは胸のポケットから一本のストロースモークを取り出した。先端を火のエナジーで点火して、冷たい青の煙が浮き上がる。
ジーンが深呼吸をして、ストロースモークを離して息を吐くと、その煙はジーンの口から雲のように散らばっていく。
「煙たいですわよ」
「そりゃ失敬」
――戦闘の開始から半日、レギーナ達が前線を町ギリギリまで下げた時、スィンツー法術軍との間の境界に冒険者がふたり立っていた。剣のようなダガー二振りを携えた女と、ストロースモークの赤い煙をまとってガンナイフを構える男。
その二人が、戦況のど真ん中にぽつんと立った瞬間、両軍の間に静けさが通り過ぎた。そして、スィンツーの号令で静寂が破られると、女は法術軍に突撃し、男は……
そこからの光景は誰もが知っているものだった。スィンツーの兵士は全員が死傷。エリュ・トリ最後の防衛ライン到達から、僅か5時間ほどの間に、エリュ・トリの防衛は達成された。
荒野にしかれた、スィンツー兵三千人の死屍累々の絨毯を結果として。――
「ジーンは」
「ん?」
「ジーンは、どうしてスカーと手を組むことになったんですの?」
レギーナは、短くて遅い時間の中で考えていた質問が何一つできなかった。そしてその逡巡と彼女の質問の意図はジーンにも見透かされていたようで、ストロースモークの青い煙が笑い波打つように噴き出された。
「はっ、そりゃお前さん。その質問はこのタイミングには似合わねえよ」
レギーナは、見透かされた事への恨みを込めた瞳で、隣で笑っている冒険者の先輩をにらみつける。わかっている、口に出した質問が自分の本位ではない事に。
「まあ、お前さんもまだまだ若いんだし、本当に聞きたいことも多いだろうよ。また今度聞いてやるよ」
「自分に都合がいい時はすぐに、先輩風を吹かせますのね」
レギーナの嫌味に、ジーンは何も言わずに目を伏せて、ストロースモークの青煙をくゆらせた。平野には乾いた風が吹いて、ジーンの煙と、ここに残る戦禍の匂いを少しずつ洗い流す。ジーンとレギーナ、この風の意味は二人にとって別々のものであった。