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第35話 緋の風、白の炎

 しかし、ジーンはその分身の鏡のような瞳の中に、何か意思があるような錯覚を覚えた。それはジーンの勝手な想像ではあるが、分身を見据えるジーンの瞳は、これを操っている者に向けられているような冷静な力強さを秘めていた。そして、ジーンは弾数0のガンナイフを、空に向けて突き出した。


「さて、どうやら上にかかってる歪んだ星空をどうにかすれば、お前らも消えてなくなる。そんな筋書きなんだろう? だが星空に届くほどにエナジーを使うのは常人じゃ不可能。武器なんざもっての外だ。どうにかするんなら、あれを操ってる…なんだ? アルカナ使いだったか? それを倒すのがセオリーなんだろうな」




……もちろん、普通の人間なら、だがな。




 風が、渦を巻き始める。


 赤い粒が集まり始める。


 それは、赤砂のようにジーンの手に集まりゆく


 火のエナジーの塊だった。


「さぁ、真似してみろよ星生まれ。俺とお前の根比べの時間だぜ?」



「うっ……」

「マリ?マリっ……!?」


 ジーンが銃を掲げ始めてすぐに、マリの様子が急変する。口を手で押さえ、我慢からはみ出した涙が目から溢れ出す。


「ミロ……これは、だめ!規格外とか、そんなんじゃ……!!けほっ!けほっ……!」


 マリの警告で、ミロはエリュ・トリの街並みを見つめる。その町には、赤い嵐が吹き始めていた。


「赤い砂?いや、あれは……?」



 ジーンの前に、赤いエナジーが渦を巻く。そして出遅れた分身も同じ構えから周囲のエナジーを取り込もうとする。だが、分身の吸収はジーンのそれには遠く及ばず、二人の間の赤い渦は、完全にジーンの支配下にあった。


「おいおい、三割程度も真似できねえのか?ずいぶん貧弱な分身だぜまったく…」


「……なら、お前も糧になって消えな」


 ジーンは更にエナジー集約の圧力を上げる。その吸引力は、砂とエナジーの混じる竜巻を形成し始める。分身は食らいつこうとするが、その竜巻に足を取られていき、自分を支えるのもやっとの状態で立っていた。そして、一切緩めることなくジーンの集約力は高まっていき、エリュ・トリの何処からでも見えるほどの真っ直ぐな竜巻がジーンの周りに完成する。



「やだっ! やだやだやだ……怖い! あれはだめなの!!」

「マリ! もう離していい! あれは、ボク達が手に負えるものじゃない!」

「だって……それじゃミロも……う、うぇっ……えぷ、ぉぇぇ…」


 マリが恐怖に震え、出すものの無い嘔吐をする。ミロはそんなマリをアルカナのコントロールから外そうとするが、マリはそれでもジャスティスを支え続ける。ミロは、ここまで来て初めて、自分のしている事に葛藤を感じていた。自分の双子の血縁にこれほどの思いをさせてまで、この計画は必要な事か……?


「マリっっ!!」

「うぅ……ミロ、にげ……」



 ジーンの分身はもはや対抗する力はなく、その場所から離脱するように背中を向ける。だが動かない。全力で脚を踏み込んでも、その火の渦は分身を逃さない。


「やっぱり、お前もエナジーの結晶体なんだな。それなら話は早ぇな」




……呑まれろ。




 ジーンの一言で、背中を向けて逃げようとしていた分身の身体は浮き、その身体は渦にすり潰されるように取り込まれていった。


「七割、もうちっと頑張ってくれると思ったんだがな。まあいい」


 ジーンがそう言うと、渦は途端に止み、一粒のまばゆい光がジーンの手元に降りてくる。


 目を開けていられないほどの光を蓄えた白の弾丸。ジーンは懐かしさを覚えるように顔を綻ばせた。


「久しぶりにしちゃあ、よく精錬できたんじゃねえか?」


 そう言うと、その一発をリボルバーに込めて、ジーンは再び天高く銃を掲げた。


「さて、そんじゃ、つまらん戦いもこれで終わりだ」




――Sic mundus mendacii delendus est.

  (くたばれ、嘘の世界)




ヒュウ……


 流れ星のような一発が、数秒で天蓋に到達し、透明のようなそれを貫く。同時に地上は一筋の光に巻き込まれて真上への風を巻き起こす。


 天蓋は、たった一つの小さな穴からピシッ……ピシッ……とヒビを走らせて、それはすぐにバリバリとした音となり、天蓋全てに広がった。そして、ガラスの割れるような音が、エリュ・トリ全域の人間の耳に幻聴として聞こえ、天蓋はその布のようなしなやかさとは裏腹に、無数の破片と化して、夜の闇の中に一つ残らず溶けていった。




 深夜の森林、不自然な輝きは薄れ、エリュ・トリを見下ろせる山麓では、ボロボロになりながらもその両脇に星のローブを着た双子を抱えたレギーナが立っていた。


「……」


 レギーナは、再び目の当たりにした。天を貫く炎、ジーン・デニー・ムスタングを先陣の英雄たらしめたその力。なぜ、どこから……そんな疑問を浮かべるも、


「……殲尽の、英雄」


 その一言だけを残して、双子を抱えて山麓を離れた。




 分身が消えたエリュ・トリの町は、疲れ切っていた。逃げ回り、立ち向かい、戦った彼らの跡には、壊れた石畳と、荒れた家々と、夜の街灯の明かりと、分身との健闘を果たしたエリュ・トリの人たちが残された。


「よう、半裸の英雄さんよ。ついに自分から脱ぐ癖に目覚めたのか?」


 全てが終わり、冒険者ギルド前に戻って来たスカーに、ジーンが気さくな挨拶を交わす。スカーは不満げな顔を見せて、何事もなかった時のような軽口を叩く。


「随分気楽なものね。ひとが自分と戦って苦戦してたってのに」

「はは、そいつぁすまねえな。ほら、これ羽織っとけよ」


 そう言うと、自分が着ていたジャケットをスカーに放り投げる。スカーもその行為は素直に受け取って、今回の戦い以上の傷を負ったその素肌を隠した。そして、ジーンはどこか得意げにスカーに尋ねる。


「それで、自分と戦った感想は?」

「……正直大変だったわよ。あたしって、こんなに強かったのね」


 何かを催促するようなトーンの質問に、少し考えてスカーは素直な答えを出した。そしてそんな彼女の素直な感想を受けたジーンはスカーの顔を覗き込むようにして、いかにもちょっかいかけてきそうな冒険者のオッサンの顔でニヤリと笑って見せた。


「言うじゃねえか。それが分かったんなら、その強さをもうちっと自覚してくれよ、クロス・リッパー」


 ジーンの軽口に笑顔を見せて「ジャケット、ありがとね」と一言返して立ち上がった。


「あっ、スカーにジーン。大丈夫だっ……なんでスカーが半裸なのよ?」

「どうやら、二人も自分に打ち勝ったようだな」


 ジーンとスカーが語らう場所に、こちらもまた満身創痍のシルヴィとエリオが合流する。そして四人はお互いの顔を見合って、それぞれがどの様に分身に勝ったのかの議論を始めた。


「赤髪の、姉ちゃん………」


 そんな四人にさらに合流したのは、石炉亭の方面から戻ってきたオーデクスだった。オーデクスは、ようやく再会できたスカーと、その仲間たちを見て呆然としていた。


「あら少年。あなたも無事で済んだみたいね」

「姉ちゃん。それに、オッサン……あのすげーまぶしい花火は、オッサンなんだよな?」


 言葉のまとまらないオーデクスの会話。スカーとジーンは、少年のそんな動揺を見透かして、口元を緩めた。


「俺の前でのこのこ逃げてったやつだから、正直心配してたんだが、なんだ少年。結構実力あるじゃねえか」

「大雑把で無鉄砲、まだまだ隙も多いひよっこだけど、その分これからも成長するんじゃないかしら? オーデクス・ブレイザー?」


 それは、これまでただの一度も呼ばれることのなかった少年の名前。狩猟からここまで、スカーはオーデクスの事を名前では呼んでこなかった。


「姉ちゃん、オレの名前知ってたのか……?」

「そりゃあね。ギルドであれだけ堂々と宣言して、アタシやジーンにも物怖じしない勇気のある冒険者なんて、今後数年現れるかどうかも分からないし、何よりキミは、弱い自分に勝ったんだから。それだけで三等級以上の価値があるわ」


 そう言って、スカーはオーデクスに近寄る。そしてしゃがみ込み、戦いでボサボサになった頭を、少し強く、だが冒険者を称える心を込めてワシャワシャと撫でる。


「いずれこっちに来なさい。あたしたちは、あなたみたいな英雄が一人でも多く欲しいんだから」


 そこまで言って、スカーは立ち上がり、彼女の目配せでジーン達もその場を去ってゆく。そんな背中を見送る間際、オーデクスは尋ねた。


「姉ちゃん! オッサン! アンタたちは何者なんだ!?」


 問いかけた背中は何も言わなかったが、取り戻した平穏を表すような穏やかな風に乗せて、ジーンは何時もの適当な口調でオーデクスに返した。




「何でもねえよ。俺たちゃ冒険者さ。ただ他人から『英雄』って呼ばれてるだけの、な」

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