第34話 赤の刃と炎の弾丸
「うそだ……こんな人間がいるなんて、ボクたちは聞いてないっ!」
「ミロ! 落ち着いて! まだ分身は生み出せる。わたしもなんとか耐えられる、から……」
二人の怪物の姿を見たミロは、その規格外の戦い方に頭を抱えて何度も首を横に振った、だがそんな二人の狼狽える様子を待っていたかのように、後ろからか細い女の声が聞こえてきた。
「それなら、なおさらわたくしが止めなければなりませんわね」
さっき倒れたはずの人間の囁き。ミロとマリはそんな言葉が幻であってほしいと願うようにゆっくり後ろを向いた。そして目線の先で、そんな願望は叶わないという事実を目の当たりにした。
「そんな……まだ……!?」
幾度の傷を経て、レギーナはまだ立ち上がる。見立てのダメージの割に、静かに、冷静に立ち上がる彼女の所作は、ミロとマリの不安を掻き立てた。
「ミロ、このお姉さん、こわいよ……」
「落ち着け、マリ! もう体力は残ってないはずだ。次の攻撃を受けられるわけがない!」
そう言うと、レギーナの分身は鋭く純粋なひと突きをレギーナの心臓近くに放つ。素早く、一筋の光のようなそれは、本物のレギーナの目では捉えられず、まっすぐに分身を見据えたレギーナの身体に切っ先がたどり着こうとする。その刹那、レギーナはふと目を閉じて、ガサガサと言う分身の足音を通り越して、自分の中の無音を感じて、命の際と言うことも忘れて、一つの他愛もない会話を思い出した。
――そういえばさ。こないだ水を刃物にしようとしてた熊を狩ってね…
グシャア………!!
「えっ」
何の音もなく、何の前触れもないままに、分身が鮮血を吹き出す。そして、音が戻って来るかのように、肉の切り裂かれるような音が鳴り響き、分身は宵闇に溶けるように消えた。
それを双眸で目の当たりにしていたはずのミロは、たった一文字しかこぼすことしかできなかった。あれだけ気にかけていた戦いの結末、しかし一目では分からなかった分身の崩壊。そしてその不可解な死に際に、ミロは頭が混乱した。
「何を、何をしたんだ……そもそも分身は体液を持たない……何で分身から血が」
そんな事を言っていると、ミロの顔の端をヒュン!と言う音が通り過ぎて、目の端ギリギリで捉えられる赤い旋風を見る。その姿を見て振り向く時間もなく、ミロの後ろにあった樹が切り倒された。恐怖をためた顔で恐る恐る後ろを向くと、赤い液体が付いた切り口を露わにして、一本の木が切り倒されていた。そしてミロはすぐさまレギーナを見る。
「違う、お前だな……! お前が何かをしたんだな!」
半分意識を失っていたレギーナの脳裏に一瞬だけよぎったスカーとの会話。そう、あのおぼろげな意識の中で、レギーナはスカーが戯れに言っていた「水を圧縮したカッターを出そうとした熊」の話を思い出して、そのシミュレーションを、残り少ない意識の中を一気に駆け巡ったのだ。
そしてレギーナは、その水密カッターを作り出すための液体として、四度の斬撃、幾度となく受けた傷、それらから流れる自分の血に水のエナジーを反応させた。分量は少ない。体外にある血と周囲のわずかな水分では、ほんの一回分の攻撃が精一杯。それ以上血液を使って補えば、今度は失血で命がない。
その極限を、レギーナは迷わずに選んだ。
すべてを把握しきれていないミロは、とにかく目の前の女性がそれをやったという事だけを確信して、後ずさりしながら強気を吐き出す。
「くっ!け、けど……天蓋がある限り、例えボクたちを捕らえたってアルカナは続く。この天秤はボク達を守るためのトークンだ。これを奪ったって、天蓋の方が破れなければ、この戦いは終わらないっ!」
まだ虚ろな目をしていたレギーナは、ミロの言葉を聞くだけで、何も反応はしない。しかし、そんなレギーナの視線は、ミロの言葉など意に介すこともなく、遠く向こうにあるエリュ・トリのわずかな変化を捉えていた。
ダァン!……キィン!
薬莢の炸裂音と、金属が銃弾を弾く音が交わり、冒険者ギルド前でのジーン同士の戦闘は、ここまでずっと互角を貫いていた。
「やれやれ、全くのイーブン。どうやら俺の分身さまは誰かさんに似て手抜きが得意なようだな」
軽口を叩きつつ、ガンナイフに火のエナジーを装填、重厚な発砲音と共にジーンの炎の弾丸は曲線的に分身を狙う。
分身もまた、そんなジーンの攻撃を見てガンナイフで弾きつつ回避姿勢を取り、込めていた火のエナジーをジーンに食らわせようとする。
「3、4……」
ジーンの口がわずかに動き、数字を数える。ジーンはガンナイフでそれらを捌き、ワンステップで分身に近づこうとする。
ダァン!ダァン!
近寄るジーンへ分身の牽制。だが中近距離にいてなおジーンはその弾丸を目で見て弾き返す。
「5、6……」
直後にジーンは近距離へ。分身との距離をガンナイフの刃の射程圏内に納め、二つのガンナイフが分身の首を狙う。そして分身のガンナイフは空虚な撃鉄の音をこぼす。
カチッ…
「馬鹿が。オレの真似すんなら弾数ぐらい数えるんだな」
ザンッ!
ジーンはそう言って、交差させた二丁のガンナイフを一気に引き抜く。だが分身はそのナイフのすき間に空打ちになった銃のナイフ部分を差し込んで、首狩りを逃れる、そして、もう片方の銃を懐から取り出して引き金を引こうとする。
「やっぱりおめえ、いつまで経っても後手だな」
そう言うとジーンはすぐに体重を預けて靴の底で分身を蹴り飛ばす。分身は、弾の入っていた方の銃をジーンの背中に向けるが、それよりも早く、三つの発砲音が響いた。
「だから、弾数を見ておけって言っただろう? お前のじゃねえ、俺のだよ。へへっ」
ジーンの撃ち出した弾は蛇のようにうねり、身体を吹き飛ばされた分身の右脚・背面・眉間にほぼ同時に近づき、貫いた。
互角の戦いを続けていたと思っていた戦場は、ふたを開けてみれば、終始本物のジーンのペースで進んでいた。分身は、身体に穴を開けられて尚、左手のガンナイフでジーンを狙う。だが四発撃った時点で空打ちの音がして、放った四発は全てジーンの左右に逃げていった。
「朦朧とした中で片手で打つのは蛮勇だぜ。もっと健康な時にやりな。さて…」
ジーンはそんな事をボヤいて周囲を見る。しばらく戦いに夢中になっていた間に、周りは自分の分身と戦う市民が行き交っていた。二人一組、三人一組と言ったチームを組んで、自分の分身を仲間に任せる。
お互いに弱点を補いあって、冒険者の剣には花屋仕込みの土の壁を、屋台を開いていた者の分身が放つ火のエナジーには薬の調剤師が放つ水の滝を、肉切り包丁で戦う肉屋の分身を料理人が押しとどめる。戦えない市民の戦闘を二等級冒険者が引き受けて、二等級冒険者の分身には、岩を身に着けているかのような拳で行く先々の分身を轢き潰していくカゴ・ウェイトレードの鉄槌が下される。
「おうおう、カゴ団長もやるねぇ。お前はどう思う? エリュ・トリの奴ら、タダじゃ死なねえだろ? まぁ聞こえちゃいないか」
分身は答えない。




