第33話 爆炎と閃緑(せんりょく)
森林に膝をついてうなだれるレギーナ。分身の幾度もの剣戟、そして自分が身に着けて来なかった、バーリトゥードによる格闘戦。剣を持ちながら、その剣で相手を仕留めるために、徒手格闘を交えるその戦い方に、顔以外のあらゆる箇所に打痕や裂傷を受けていた。
「へ、へへ……やっと……倒れた」
「ミロ……そのお姉さん、大丈夫なの? 死んじゃったりして、ない?」
引きつった笑いを浮かべるミロに、マリは心配の声をかけた。だが、そんなマリの無用な優しさに、ミロはカッとなって強い言葉を浴びせる。
「マリ! こいつはボク達の計画を邪魔しに来たんだ! そんなヤツ死んじゃったって構わない! あのお兄さんだって、出来れば死んでくれたらっ……て……」
ミロのきつい物言いに、マリは半泣きで身体を強張らせていた。叱られた時の子どものような反応をしたマリを見て、ミロはハッと我に返る。
「ご、ごめんマリ……け、けど! このお姉さんがボク達の邪魔をしに来たのは間違いない。可愛そうだけれど、ここで……マリ?なんだか汗かいてないか?」
「えっ……?」
ミロが謝辞を告げてマリの様子を見ると、何も感じてない様な表情をしていたマリは、顔にいくつも汗をかいていた。
「ほ、ほんとだ。でも暑くないし、なんで……?」
一抹の不安に駆られたミロは
「マリ! ボクにジャスティスを貸して! ボクなら街の様子を観測ができ……なんだこれ!?」
マリと共に、ミロが鏡の天秤に手をかざし、そのオブジェクトから得られるエリュ・トリの状況を確認しようとした。すると、ミロはエリュ・トリの様子が想像とまったく違う事態になっている事を確認した。
「あいつら……自分の分身を人に任せて、互いの分身と戦いあってる……!」
「そんな! 範囲が広すぎるから、ターゲットを自分だけに絞ったのに!」
ミロとマリは狼狽えた。
二人が使ったアルカナは『自分の分身を生み出す力』を持ち、その分身への命令をあらかじめ組む必要があった。だが大規模な展開で複雑な命令をコントロールできない二人は、その命令をシンプルにせざるを得なかった。そう。『自分自身を倒す』二人のアルカナがエリュ・トリを覆って、確実に発動させるためには、ここまでが限界だったのだ。だが、その動揺はそれだけにとどまらない。
「……って、なんだよこれ。交換で戦闘してる奴らに混じって、一人で、自分に勝ってるやつが、いる」
「うそっ! うそうそうそ!! だって……分身は潜在能力を引き出せる、ようにしたん、だよ? なんで?」
ミロが見たのは、2つの戦いだった。
「はっ! 口程にもないね! アタシの真似事するんなら、アタシの料理をもっと研究してから来るんだね」
顔に煤を付けて得意げに笑うマグリットの前で、分身は手、足、胴体を爆散させて倒れ伏していた。周囲にはいくつもの割れたワインボトル。そして飛散する液体と濃いアルコールの匂い。それだけではない、マグリットの戦場の周囲には、酒・オイル・硝煙・焦げ臭さ……火が燃え尽きた後に残るいくつもの匂いが漂っていた。
「『発火の特性』ってのは便利でね。アタシの場合は火のエナジーによって瞬発的に燃えている状態を付与することが出来る。フォーク、ナイフ、包丁、料理油、そしてワインや揮発したアルコールにもね。けれどお前がアタシを真似しようとした時、あんたにはアタシと同じ持ち物が必要だ。そして物質までは真似できないから、何もないところでアタシの真似をすれば、発火の空打ちだけして終わる。」
周囲の歩道にチリチリと燃え続ける炎。マグリットは発火が可能な物を全て武器にして、自身の爆炎とそれらの触媒との組み合わせで、モノを応用出来ない分身を反撃の隙も与えず一方的に蹂躙した。マグリットの通った道には、炎の道が出来上がっており、そこに居た他の分身たちも、その炎に焼かれる事で自分との戦いに負けていった。
「考えが甘い分身だこと。使い手がいるんなら、そいつはあの坊やぐらいのおこちゃまかもしれないわね、へっ」
◇
「っ!!」
バチィッ!!
ダガー同士のぶつかり合う音とは思えない雷のような音が、二人のスカーが戦う街道に響き渡る。もちろんそれは雷などではなく、その光景を見る事はおろか、近づくことさえできない二人のスカーによる剣戟の音である。
本物のスカーは下着姿のまま分身との鍔迫り合いを繰り広げ、対する分身もスカーの速度に肉薄する。先ほどまで分身優勢だった戦いは、スカーの攻め手が増え始めた事で拮抗し始め、誰の目にも留まることのないこの戦いの結末は予測不可能になり始めていた。
「はぁ……はぁ……!!」
本物の方は、休みない攻防で呼吸を乱し始めていたが、それでも戦いの手は緩まない。火花散るダガーの奥で、スカーは分身から目を離さず、自分と同じ姿の相手の一挙手一投足に気を配っていた。スカーの右逆手にダガーが分身の脇腹を切りつけようとすれば、分身は二本のダガーでそれを受け止めてから右脚の蹴りで牽制する。分身がどれだけダメージを受けているのか、スカーには量ることが出来ない。そしてスカーは向こうが仕掛けてくる『わずかに優位な攻撃』を受けて行く。このままこの攻防が続けば、いくらクロス・リッパーでもその勝敗を保証できない。
そんな瀬戸際であるにも関わらず、剣戟と騒乱の音の中から聞こえてきたのは。
「……へへっ」
スカーの笑い声だった。
そして、ダメージを受けてなおダガーに寄る剣戟戦を繰り返すスカーに、分身は何を思ったかダガーの一つをしまって、その右手を差し出した。それはまるで、スカーがかわいい女の子の服を剥ぐときのような、そしてこの戦いでスカーが受けたあの手である。そして、分身のわずかな行動に、スカーは冷静な一言を返した。
「それは悪手よ」
スカーがそう言うと、それまであわただしかった周囲の音が一瞬止んだ。そして騒乱の煙たさの中から、一陣の清涼な風が吹き始める。この場に他の人間はおらず、その変化を感じ取ったのはスカーと分身の二人だけ。
やがて、分身が伸ばした手に対して、スカーの動きが明確に変わった。
瞬足に物を言わせたスカーの動きが、風となった。
スカーの身体に淡い緑の光がまとわりつき、分身の視界からスカーという人間の姿が消える。
分身の腕を這うように、キラキラとした緑の輝きが吹き抜けて、それは数条の光の軌道を分身の眼に焼き付ける。そして分身が輝きの流れに従ってその先……後ろを振り向いた所には、分身に見向きもせず、向こうを見据えて通りすぎるスカーの姿があった。
「……っ」
言葉の無いスカー、彼女の赤い髪の向こう側には赤い瞳。そしてその瞳には、分身の腕を撫でるように駆け抜けていった光の筋と同じ緑色の輝き。そして全てが『終わり』に到達したとき、分身の身体に変化が訪れた。
ズル……ズル……
手を伸ばしたまま動かない分身。その手は少しずつズレていき、乱切りの肉塊のような形で身体と別れた。自分の手に何が起きたかもわからない分身は、やがて身体の全てがアンバランスに崩れて、星空の空洞を露わにして霧のように消えていった。
「……ふぁぁぁ~」
スカーの分身が夜に消えてすぐに、スカーの口から情けない声が零れて、持っていたダガーが手から滑り落ち「カシャン!」という金属音が二つ響き、それまで立っていたスカーは石畳にパタリと倒れて、戦乱の続く街道のど真ん中で少しニヤついた表情で眠りについた。
「……ふへへ」




