第32話 自分と渡り合う可能性
その瞬間、うつむいていたオーデクスの剣が弾かれるように上に向き、自分を両断しようとした分身の一撃を剣だけではじき返した。
「でぇぇぇやぁぁぁぁぁぁっっ!!」
歯を食いしばって剣を持ち上げ、正面から力強くはじき返すオーデクス。弾かれた分身はすぐに距離を取るように下がり、勇猛に構えた本物のオーデクスと対峙する。分身はすぐに足元のレンガ一つを動力台にして跳びかかり、持っていた剣をしぶとく振り下ろす。だがオーデクスはその様子をギリギリまで見極めた。
「ふっ……!」
息を吐いたオーデクスは、非常に低い姿勢で剣を構え、分身と同じように石畳を弾いて、前方に加速する。その身体は、飛び掛かった分身の下を通り抜け、オーデクスはすぐに向きを変えて、今度は石畳に自分の靴を吸着させてストッパーを作り出す。
分身の剣が石畳を叩き、オーデクスはその分身に剣を向ける。だが縦ではない。低姿勢を保つために寝かせておいた剣を、引き上げるようにして分身の脇腹に持っていった。分身はまだ後ろを向いていない。身体の回転で剣を引き上げて、その剣は分身の脇腹にダイレクトヒットする。
「……!?」
声なき声が分身から漏れる。オーデクスは刃を当てる事は出来かった。だが剣の峰が分身の横腹に直撃すると、分身はそれをまともに食らって吹き飛ばされる。そして振りぬいたオーデクスの剣先が地面に着地すると、ただの両手持ちの剣は地面にめり込むような「ドォン……」という重厚な音を立てて石畳に剣を突き立てた。
「そうだ。オレは冒険者になったんだ。たとえ鹿だろうと、たとえ自分だろうと、戦う時には覚悟を決める。オレは英雄になって、みんなを守らなきゃならないんだ!」
「覚悟しろオレのニセモノッ! これが『今日』のオレの力だっ!!」
◇
回復力と自然操作で、逃げの一手を強いられたシルヴィ。森林では分身に利があると悟り、植物たちの猛攻を掻い潜りながらどうにかエリュ・トリの石畳までたどり着いた。
「はぁ、ここなら……はぁ、植物には……」
呼吸を整えて、シルヴィは周囲を見渡す。未だ市民たちは自分の分身と戦い続け、いよいよその体力が、尽きかけていた。そしてシルヴィは、先ほどの戦いで分かれたエリオを探す。
「エリオは……」
そんな一瞬の油断を突いて、エリュ・トリの石畳がシルヴィを襲った。
ゴゴゴ……
地面が蠢く音がして、足元に目を遣ったシルヴィは、街道に敷き詰められていた岩石が、自分の足元から飛び出して、力を入れていなかった腹部に二つ直撃するのを見ていることしか出来なかった。そのうち一つが鳩尾に直撃し、シルヴィは視界がぼやけるほどの痛みに襲われる。
「あっ、くっ……」
声の出ない痛みで膝をつき、顔も上げられないほどにまで身体に力が入らない。そして、垂れた頭から見える、分身のシルヴィの足。近づくそれを止める方法を考える間もなく、分身はシルヴィにトドメを
「……っ!?」
パキパキパキ…
本物のシルヴィが見ていた分身の足元が、瞬間的に凍結する。脚を奪われた分身はその状況に首をかしげて、今一度土のエナジーを操作しようとする。だが。
「やってみるんだな。次はその両腕を凍り砕く!」
息も絶え絶えのエリオが、そう言ってシルヴィの分身に氷の槍を仕向ける。分身はその攻撃にまったくの無警戒で、氷の槍は分身のシルヴィの左肩を貫いた。
息も絶え絶えのエリオが、そう言ってシルヴィの分身に氷の槍を仕向ける。分身はその攻撃にまったくの無警戒で、氷の槍は分身のシルヴィの左肩を貫いた。
「エ、リオ……?」
「シルヴィ、大丈夫か!?」
どうにか意識を保ち、エリオの声を聞いて少し視界を取り戻したシルヴィ。エリオの想像以上に低い体温を感じて、彼の戦いに何があったのかを気に掛ける。
「エリオ、あなたは大丈夫なの……?」
「なんとか。繁華街の噴水の水を凍らせて分身を閉じ込めた。十数秒……いや数十秒は足止めが出来るだろう」
気丈に振る舞おうとするエリオだが、呼吸が浅く、時折胸を押さえて苦しんでいる。エリオに肩を借りつつ、シルヴィはどうにか意識を取り戻し、身体のホコリをはらって立ち上がる。
「まったく、お互いに苦労が絶えないわね。私たちは前線に立つような柄じゃないのに」
「そう、だな」
身体の痛みを我慢しながら、二人は普段通りの会話をかわす。そして、シルヴィの分身は抉られた左肩をものともせず、二人に近づいてくる。
「……エリオ」
「なんだ」
分身のシルヴィを相手に、本物のシルヴィがエリオに声をかけた。
「私の土のエナジーは自然操作。植物、岩、そう言ったものをエナジーを経由して操作する。そしてどうやら、私にはそれらからエナジーを搾取して、傷を手当てする力があるらしいわ。死んだって使うつもりは、ないけれど」
『使うつもりはない』その言葉と共にシルヴィの表情はわずかに歪む。シルヴィが、分身との戦闘で知り得た自分の能力の情報。エリオにそれを伝えて、シルヴィは踵を返してエリオを自分の分身の前に立たせた。
「ここは石畳、そして土壌は石の下。回復手段は僅か。凍死した土壌なら、完全に無効まではいかなくても回復能力の阻害は出来ると思う」
「シルヴィ……?」
「エリオ、私の分身と戦って。あなたの分身は、私が何とかする」
エリオに自分の分身を任せて、シルヴィはエリオの背中を借りる。シルヴィの見る先、パキパキと音を立てて氷を剥がす分身のエリオ。足元に霧を纏い、分身は向かい合うシルヴィではなく、エリオを見ている。
「こっちを見なさい。偽物」
シルヴィが地面を踏み鳴らす。石畳の石材が波打ち、二、三発のレンガブロックがエリオの分身を目掛けて飛んでいく。自分の身に危険が及ぶと判断したエリオの分身は、両腕に氷の手甲を作り、飛来する石レンガのダメージを相殺する。
「エリオ、あなたあんな防御も出来たのね」
「多量の水と、高い濃度の水エナジーが必要だ。おそらく噴水の水を媒介にしているのだろう」
背中越しに分析をするエリオ。シルヴィはすぐに繁華街の噴水に目を向けて、そこからの補給を断つ手段を考えた。そして、シルヴィの思案をチラリと見たエリオもまた。彼女に信頼を預ける決意をした。
「シルヴィ。どうやら俺は極冷気を相手の肺に流し込む術が使えるらしい。霧が白く濃くなったら、その射程から離れろ。範囲は3メートル程度、強い濃度を保つのはそれが限界のようだ」
「……ありがと。遠距離なら私の方が有利よ!」
エリオの信頼を受け取ったシルヴィは、覚悟を決めた顔で分身と対峙する。
エリオの分身と相まみえるシルヴィは、足元を固めていた石畳のレンガに薄らかな黄色のエナジーを流し込む。そのシルヴィの背中で、エリオは分身のシルヴィを前に、白い空気を漂わせる氷の剣を持ち、彼女に冷淡な視線を投げつけた。そして、お互いがお互いの分身を相手に、その攻略戦を開始する。
「はっ!なるほどね……」
その遠方で、二人の戦闘を見つけたマグリットは、清々しい顔でその戦闘を見て、周囲で戦っていた民衆に、店の外まで響くほどの豪声を発した。
「エリュ・トリの野郎ども聞きな!! 自分に負けたくない奴らは歯ぁ食いしばってそいつを乗り越えろ! そして疲れ果てた奴らは近くにいるエリュ・トリの奴らと相手を交換しな!! 分身は自分を狙ってんだ。交代すればまだ可能性はある! 英雄におんぶにだっこされてないで! 市民は市民なりに、自分と戦いな!」
冒険者の台所、エリュ・トリ随一の豪傑からの号令は、すぐに町中の人間の闘志を目覚めさせた。近くにいる他の市民と相手を交換して、お互いの分身が何をするのかを話し合う。
一方で分身は、その戦い方によって一転苦戦を強いられる。分身がターゲットにしているのは同じ顔の本体だけなのか、スワップで戦う相手の攻撃への反応がかなり鈍い。ダメージを受けてもそれを気にしない素振りまであり、自分以外への防御がかなり薄くなっている。
「エリオ! シルヴィ! アンタ達のおかげで活路は見えたよ! あとはアタシたちの出番だね!」
「マグリットさん……!」
「俺達も感謝する。これで……巻き返せる」




