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第30話 鏡の天秤

 エリュ・トリを見下ろすことの出来る山麓の一角。空覆う天蓋を眺めながら、生み出した喜びと、それがもたらした現象に興奮を隠せない人物たち。それらは鏡合わせの動植物に囲まれた場所で、自身の勝利を確信していた。


「ついに成功だ! やったぞマリ! これでもうこの場所は【ジャスティス】の支配から逃げられない!」

「そうだね、ミロ。これで、あのお兄さんとの約束、守れたんだよ……ね?」


 ラメ織りのローブを着て、フードを深々と被り、木の根元ほどの身長で喜びを溢れさせる小さなふたりの子ども。お互いをミロとマリと呼ぶその二人の足元には、エナジーで形作られた、鏡張りの天秤のようなオブジェクトがあり、そのオブジェクトが光を集めて反射光を放つと、光に当てられた周囲にある動植物が一瞬だけ残像を持って二つになる。


「あとは、このままこの街の人たちが、ボクらの【ジャスティス】で作った分身に倒されれば、ボクたちを追う者は居なくなる」

「でもミロ、いいのかな……これってすごくわるい事なんじゃないの?」

「何を言ってるんだマリは! これがわるい事だとしても、ボクらは……それに従うしかないんだぞ」


 言い聞かせるような言葉。そしてマリと呼ばれた子どもはそんなもう一人の子どもの言葉に、顔をしかめつつも従う事しかできなかった。


 そして、計画の成功に喜びを発散させた子どもたちの前に、森をかき分けるガサガサという音が聞こえてきた。


「だれっ!?」

「誰だ!でてこい!」


 ミロの呼びかけに応じて、一人の女性が現れた。長い金の髪を夜になびかせて、水エナジーをまとって青白く揺れるレイピアを構えた冒険者。


 そう、冒険者レギーナ・コルセット・ヴェスパーは、ここにたどり着いた。


「子ども……ですのよね」


「なんだよ! 子どもで悪いか!」


 レギーナの冷たい問いかけに、ミロは敵意を剥きだして突っかかる。かたやマリの方は、そんなミロに隠れるようにして、おどおどしながら様子を伺う。


「……あの天蓋、エリュ・トリの分身事件、現在の暴動……すべて、あなた達の仕業ですのね」


「そうだ! ボクたちがやったんだ! 時間かかったんだぞ! タロキアムの規則に基づいた17日の詠唱をして、すぐに怪しまれないように影響力を小さくして、そして今日の夜にドカーン! だ!」


 ミロの興奮気味な説明で、レギーナの考えていた全てがつながった。ここに居る二人の子どもが、自分たちの大切な場所を危機にさらした。レギーナがレイピアの切っ先を構える理由は、それだけで十分だった。


「これ以上は、何もさせないっ!」


「ミロ! あぶないっ!」


 キィン……!!!


 後ろに控えていたマリが叫び、レギーナがレイピアを二人に突き立てた時、どこからともなくその一閃を弾く感触が伝わって来た。レギーナはすぐに態勢を立て直して、その邪魔者を見遣る。


「わたくしの、分身……」


「へっ! どうやらボクたちの近くなら【ジャスティス】の範囲外だと思ったんだろ! 違うな。だってボクたちの【ジャスティス】は今ここにもあるんだ!」


 ミロがそう言って、マリの側にある、鏡で出来たような天秤のオブジェクトを指さす。


「わ、わたしたちもわかってます。あの中にいたら自分の分身と戦うって……だから、影響を与える天蓋と、それを操作して、わたしたちを守る役目を果たす【ジャスティス】わたしたちのアルカ……いえ、魔法のようなものはそういう仕組みになっているんです」


 そんな説明をするオドオドしている女の子らしい方の双子の言葉の前には、レギーナの姿を模した分身が立ちはだかっている。水をまとった鋭利な一突き、金にも銀にも思える、少しあせた長い髪。少しずつ違いはあるが、レギーナと対峙していたのは、間違いなくレギーナだった。だが本物のレギーナは揺るがない。


「構いません。わたくしが相手だろうと、それを越えてこの事態を止めるまで。エリュ・トリに生きる人として、ヴェスパー家の令嬢として、一等級冒険者レギーナ・コルセット・ヴェスパーが、あなた方を止めます!!」


 レギーナは駆けだして、自分の分身に剣先を突き立てる、分身はそれを交わし、装備の薄い下腹部にしなりを付けて剣を差し込もうとする。


 だが既にレギーナは見ている。握りこんでいた柄を緩め、逆手の状態で突き刺すように降ろす、殺意のある目線で分身は自分の攻撃を引き、剣の間合いギリギリの距離まで距離を取る。レギーナもそれを見てすぐさま剣を順手に構え、姿勢を整えて切っ先を分身に向ける。


 すかさずレギーナは剣を水平にして、そのまま正面に突き出した。分身がそれを上に弾こうとするが、瞬間レギーナは剣を垂直に切り替えて分身の薙ぎ払いを剣のしなりで外す、そして分身の剣が上に逃げたのを確認して剣を引いて、ワンステップの重さで、分身の右横腹から左の腰までの斬撃に変えた。腹部から左わき腹までを体重を乗せた剣筋が走り、更にレギーナと同じく脇腹の防御が甘いおかげで、レギーナの一撃が分身の身体を強く切り裂いて、星の空洞が見えるほどの深手を与える事になった。


「お姉さん、自分の分身と本当に互角で戦ってる……!?」

「こらマリ! よそ見をしてないでジャスティスの制御に集中するんだ! このお姉さんの戦いはボクが何とかするから!」


 ミロがそう言うと、分身は立ち上がり、傷の回復もしないままにレギーナと同じように剣を構える。


「痛みを感じない……疲労もない、なるほど。これなら確かに、厄介な相手ですわね」

「それだけじゃないぞ! ボクたちのジャスティスは、お前の本当の能力を見抜く! ボクたちの分身は、相手が持つ全ての能力を引き出す。その中で、自分の知らない力や技の組み合わせも使う事が出来る。つまり」


 ミロの言葉の途中で、再び分身はまっすぐに剣を突きとおす。


 今度はレギーナが弾き、二人の剣は上へ逃げる、しかし分身の左手がレギーナの右肩を掴み、左腕に引き寄せられたレギーナの腹部に、分身の鋭い膝蹴りがダイレクトヒットする。


「か……はっ……!!」


 ダメージに悶えたその隙に、互いに上へ逃げた剣は構えを終え、分身のしなやかで鋭い剣筋が先行して、レギーナの身体を四度切り裂いた。

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