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第28話 エリュ・トリ、混乱



ザンッ!!!




「うわぁぁぁっ!?」


 すんでのところで回避したオーデクスの足首近くをかすめて、地面に突き刺さった。


「な、なんだよこいつ! オレ!? なんでオレがオレを襲ってくるんだ!?」


 オーデクスは、自分が置かれている状況を読めずに、座り込んだまま狼狽えていた。だがそのままでは襲ってきた偽物に成す術なく斬り伏せられる。瞬時にそう考えたジーンはオーデクスの身体がすぐに動くように怒鳴り散らす。


「ボサッと座ってんな冒険者! 死にたくなけりゃ立てっ! さっさと自分の剣を取りに行け!」

「そっ、そうか!」


 ジーンの鬼気迫る言葉に、自然と身体が反応してオーデクスはすぐに立ち上がる。しかし


ブオン!!


「わぁっ!!」


 偽物のオーデクスは、本物が立ち上がるのを阻むかのように剣を振るっていく。しっかり立つことも出来ない状況が続くオーデクスに、ジーンはすぐさまガンナイフのシリンダーに火のエナジーをフル装填した。


「大人しくしてろニセモノ風情が……」


 その時、まだ引き金を引いていないジーンの耳に、ダァン! ダァン! と言う重厚な炸裂音のようなものが聞こえてきた。すぐに振り返り、顔を向けた時にはもう自分の数メートル前まで来ていた火エナジーの弾丸をみて、ジーンは二丁のガンナイフの刃を盾にしてそれらを防ごうとする。


ガィン!!ガィン!!ガィン!!


 高速の鉛玉が金属にぶつかる音が三発響いて、直撃は防いだが、もう一発の玉は防ぎきれずにジーンの右頬を掠めた。僅かに煤が付いただけかと思ったそこからは、少しの血が垂れて、危うく脳をイカれる所だったと悟った。


うわぁぁぁぁ!!!

キャァァァっ!!


 その銃声からすぐ、その場にいた観客全員がパニック状態に陥った。街道で銃が放たれた。その衝撃は冒険者でも看過できない。ギルド周辺は、混乱に包まれる。事態の急変を感じたギルド団長が顔を出し、状況をジーンに尋ねる。


「ジーン! どうなってる!」

「悪いな団長さんよ。どうやら………」


 観客が右往左往している時、ジーンが見つめる先からザッ……ザッ……と言う靴音が聞こえてくる。帽子で顔を隠し、ガンナイフを構えて、青いストロースモークを加えてジーンの前に立つ男。鏡写しのようなそれは、本物を相手に不気味に笑った。


「……やれやれ、レギーナよ。どうやら、事態は思ったより深刻みたいだぜ?」



 ジーン達が混乱の渦中にいる最中、他の場所でもそれは起きていた。


おい!なんだよこれ、オレの分身か!?

近寄らないで!わたしの姿でこっちにこないでっ!!


 夜が降りて、エリュ・トリの街全体に自分の分身が現れる。分身は次々と、自分と同じ顔の人間を攻撃し、戦う術のない者たちはその攻撃に逃げ隠れする事しかできなかった。


「エリオ!」

「あぁ…!」


 狩猟区から戻り、街中に入ったエリオとシルヴィもまた、その混乱を目にしていた。市民の前にもう一人の市民。顔の似ている異様な存在が、次々と自分と顔の同じ人間と戦い始める。


「とにかくまずは、襲われている市民を……」

「っ! シルヴィ! 後ろだっ!」


 シルヴィが冷静に判断をしていると、彼女を見て振り返っていたエリオがすぐに叫ぶ。エリオの叫びに反応したシルヴィは、すぐにその場から飛びのいた。


 狩猟区側から飛来した石の矢。間違いなくシルヴィを狙って放たれたそれに、シルヴィは嫌な汗を垂らした。


「なるほど、私たちも対象って訳ね」


 矢を打ったのは、シルヴィだった。


 姿かたちのほぼ同じ、シルヴィの分身。何も言わずに神妙な顔でシルヴィと向かうそれは、言葉も交わさず弓を構え、次の矢を番える。


「シルヴィ、俺は一旦離れる。シルヴィの分身が現れた、という事は……」


 そこまで言って、エリオは石造りの家の取っ掛かりを渡って屋根に上る。すぐに自分の両手にエナジーを展開して、どこから攻撃を受けても良いように身構える。そして現れた。一つ隣の家の屋根の上を歩く、もう一つの黒紫色のローブの男が。


「俺の相手は、俺という事だな」


 二つの家の屋根に、二人のエリオ。本物の方のエリオは有無を言わさず氷の針を生成して分身へ飛ばす。対する分身も同じように氷の針を生成して、手を掲げて射出する。互いの氷の針は、綺麗に先端をぶつかり合わせて、お互いの身体をよけるように周囲に飛散する。


「そうか、この分身は、本体と同じ能力をもって戦うという訳か」


 そこまで言ってエリオは自分の周囲を激しい冷気で満たす。その冷気からは氷の針が無数に生み出され、エリオの臨戦状態は完成した。


 同時に、物言わぬ分身もそのエリオと同じ空間を生み出して、全く同じ氷の針で対抗する。本体のエリオが相手を見通す、まったく同じ力で戦っていると。


「いいだろう、お前が何処まで耐えられるか見せてくれ」




 つつじ屋のあった街道沿い。あのつつじ屋の店主も、店の中で自分に襲われていた。


「な、なんだよ! 俺の顔して俺に近づくんじゃねえ!」


 そんな叫びなど聞くこともなく、分身はただひたすらに店主を突け狙い、火のエナジーで熱の風を吹きつける。


 そして調査ついでにここを訪れていた彼女もまた、この影響を垣間見ることとなった。


「………」


 佇む赤髪の分身、構えられた二振りのダガー、そして自分の分身と対峙するクロス・リッパー。空気は、一触即発だった。


「まいったわね。あたしの偽物とか、エリュ・トリで一番迷惑でしょうに」


 動じない。


 スカーが何を言ったところで、その分身は決して動じず、ただじっくりとスカーとの距離を詰めていく。スカーも理解している。話が聞ける相手ではない事を。


「…ふぅ、っ!!」




 一閃。




 スカーが一つ息を吐いた刹那、二つの影はその場から消える。そして1秒すら遅い程の時間の中で、音も無く数度の鍔迫り合いを経て、お互いの立ち位置は入れ替わる。そして遥かに遅れて、周囲に一陣の風が吹いた時


 本物のスカーの頬に、ほんの僅かな切り傷が滲んだ。



「なん、ですの…これは」


 エリュ・トリの外れ、異常な雰囲気に馬車を止めたレギーナは、馬車を降りて目の前に広がる理解しがたい光景に目を奪われていた。


「ねえ、レギーナ。コレってあなたの調べていた、アルカナってやつなの……?」


 レギーナの異様な焦りを見て後から降りてきたケーシェルは、レギーナと同じように今の光景に見入っていた。


「これが、アルカナ……?」




 エリュ・トリ中心部の空を覆う、星空を描いた天蓋。




 空を見上げたレギーナとケーシェルは、信じがたい光景に言葉を失っていた。上から吊られたように市街地を囲むそれに、ケーシェルは唖然として、レギーナは唇を噛んだ。


「集落一つを影響下に置くほどの巨大な力……あの時の記述と同じですわ」

「どうするのよ……これがどんな状態なのか分かんないけど、このままじゃエリュ・トリも危険なんじゃ…」

「そうですわ! このままではみんな……いや」


 ケーシェルの言葉にハッとして、すぐに馬車に乗り込もうとするレギーナ。しかし、手をかけたところで何かに気が付き、レギーナは馬車に乗る手を離した。


「レギーナ?」

「姉さま。姉さまはすぐにヴェスパー家にお帰りください。この様子だと、ヴェスパー家がある北部にはこの天蓋の影響は出ていないはず。被害に遭うことはありません」

「何言ってるの……?ここでレギーナを降ろすなんて……!」




「ここだからこそ、いいんですわ」




 そう言うと、レギーナはダッ!と道沿いの森の中へ走っていく。「ああっ、ちょっと!!」と言葉をかける間もなくケーシェルは置き去りにされ、仕方なく御者に命じて、これまで来た道を引き返した。




(もしも、これがアルカナ使いの物だとしたら、エナジーの用法と同じように、術者が自分の術の範囲内に入るのはリスクとなる可能性がある。それなら術者はそのリスクを避けるために、混乱の渦中に居続けることはしない。であれば……!)


 森を分け入り、レギーナはエリュ・トリの様子を観察しながら、ある場所を探す。それは、エリュ・トリを全景で見渡すことが出来る場所である。


 大規模な術を仕掛けたものとして、術者は自分の術の監視や確認ができるよう行動する。エリュ・トリではこのような大規模なエナジーの行使はほぼ例がないが、レギーナは自分が学習したタロキアムの知識とその影響を推測して、自分の姉を置いて森を駆け抜けていく。


(市街地を見下ろす場所ならいくつもありますわ。走って回るのは時間がかかりますが、動きなれた場所なら、地の利はわたくしに……!)


 木々の隙間から道を見つけ、安定した足元を探しながら素早い身のこなしで探索を始めるレギーナ。横目に見るエリュ・トリの天蓋に、一抹の恐怖を抱えながら、彼女はこの騒動の根幹を探して行く。

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