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第26話 少年と中年

「お堅い文章だこと。そんなに息苦しい文章で頼まれちゃったら断るつもりはないのに断れなくなっちゃうわね?」

「へへっ、良い手紙じゃねえか。今度帰ってきたらこれ、レギーナの前で大声で読んでやろうぜ」

「こらこら、せっかくレギーナが心を込めて描いたんだから、茶化さないの」

「だが、尊敬すべき先輩という評価を、手紙でやり過ごすのは、確かにいただけないな」


 「エリオまで……」とシルヴィは呆れた様子だったが、そのやり取りが今までの重苦しい気持ちを振り払い、四人はこの異変の解決に向けて、改めて気持ちを引き締めた。




 スカー達の会議を追えて、再びエリュ・トリ内の調査を始めた昼の終わり、エリュ・トリを見下ろす山麓には、ざわめきが訪れていた。


 二匹のリス、二頭の鹿、二輪の花、二本の木、森の中にあって、その場所だけ異様な光景を見せている場所。あらゆるものが二つに分裂して、それらは共存する。そんな鏡写しのような空間に、ヒソヒソと小さな声が響く。


「ようやく出来た」

「この大きさは初めてだね」

「これだけ大きく出来たのは、あの人のおかげだね」

「でも、大丈夫かなぁ」

「なにが?」

「なんだか怖いよ」

「今さらビビってるのか? ボク達にはこれしか方法がないんだぞ」

「うーん……」


 鳥のさえずり、木々の揺れ、これからの荒波を予感させるような風。そんな不穏な空気の中で、何者かの甲高い声が会話を交わす。やりとりをしているような、はたまた二つの独り言のようなそれは、顔を隠し、姿を隠し、得意げな声色でエリュ・トリを見下ろす。


「あとは陽が落ち始めれば」

「ボク達の準備は今日完成する!」


 午後の終わり、間もなく日が落ちる。黄昏ともなれば空は眠り、そこには、この声の主の待ち望んだ星空がやって来る。そして、天球が昼の明かりを遮った頃、全く同じ二つの声が、同時に同じ詠唱を始めた。


「さぁ始めよう。ジャスティス、ナンバー62!」

「さぁ始めよう、ジャスティス、ナンバー62!」


 二つの同じ声が、森に響き、風は更にざわめきを増す。そして、一番星の輝きとともに、夜空に天蓋を下ろした。




「ふぅ……」


 会議からそれぞれで再び手がかりを探すようになっておよそ三時間、夜も近い冒険者ギルドで、ジーンは一人、テーブルに寄りかかってストロースモークを燻らせていた。


「アルカナ……タロキアムか。ジジイとは関係のない話だったな」


 どこか残念そうに呟くジーン、周りに漂う赤のストロースモークの煙に、ジーンは様々な望郷の念を抱いていた。


 30年前の両親の死、母方の祖父母に預けられてからの思い出、冒険者になりたての若さ、そして三年前の…


「やめやめ、懐古ばかりしてたら正真正銘のジジイになっちまう」


 自分の中に浮かんだ思い出を振り払いながら、ジーンは夜空でも観ようかと腰を上げた。すると、何処かで聞いたことのあるような甲高い叫び声がギルドに飛び込んできた。




「受付の姉ちゃん!」




 現れたのは、新人冒険者の少年だった。オーデクスの元気な声と、ずるずると3人がかりで鹿を引きずってきた少年の姿。最初に見たときからずっと気にかかっていた少年が、ジーンの横を通り過ぎて、依頼完了の報せをしていた。そんな少年の姿に、ジーンは少し注目をしていた。


「へぇ、自分から査定とは、未熟だが立派だな」


 聞こえないように呟くジーン。そしてオーデクスは、4人がかりで運んできた火原鹿をロビーの真ん中に持ってきて、受付に尋ねる。


「今日は結構うまくいったと思うんだ、どうだ?」

「あ、は、はい。まぁ持ってきてくれたのはありがたい事なんですけど…三等級にはこれを査定する制度は無いんですよ……」

「えー、じゃあ何でこの前赤髪の姉ちゃんと一緒に戦った時はそれをしたんだよ?」


 赤髪の姉ちゃん。


 ジーンの耳にそれが入ってきた時、ふとあの面倒な相棒が浮かび、今度は興味を持って少年とその獲物を見る。


「そういやスカーの奴、首を落として鹿を狩ったって言ってたか、あいつがそんなヘマするとは思ってなかったが、もしかして……」


 先日聞いたスカーの話を思い出したジーンは、ちょっとした興味から、重い腰を上げてオーデクスに近付いた。


 オーデクスの方は、ゆっくりとこちらに歩いてくるガンマンに、怪訝な表情を見せて一言だけ呟いた。


「……なんだよ、オッサン」


 見下ろすような視線と、反抗的な目、ジーンとオーデクスの視線の交わし合いに、受付の女性は焦りを隠せなかった。そしてジーンが鹿を一瞥して、オーデクスに事細かな“評価”の話をした。


「……丸ごと持ち込んだ時点で、解体・処理・肉質はほぼ0点だ。それと首に深い傷跡がある。おそらくお前さんのその剣で一突きにしたんだろう。仮にそうするのであれば中途半端な場所よりは首の真下をほんの一突きで狙う方がいい。血抜き不備が一番まずい。あとからは取り返しがつかねえからな。それに毛皮に泥も傷もついてる。靴跡か?お前さん、倒した後にこいつを踏んづけたんじゃねえだろうな? 傷がついてちゃ素材にする時には煙たがられるぜ」


「なっ……!?」


 一等級冒険者であるジーンからの容赦のない評価に、オーデクスは唖然とした。そして、ジーンはこれらの鹿の最終的な評価を告げる。


「総評するなら、お前がこうして持ってきたのはただのお遊びとしか言えねえな。もっと基本的なところを学んだほうがいい」


「何だよオッサン。勝手に出てきて急に色々言いやがって」


 ジーンの淡々とした説明に、オーデクスは更に突っかかる。ジーンの物言いは、まさにオーデクスにとって、触れてほしくない物言いだった。

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