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第24話 星がもたらす影響

「うわぁっ!?」


 バァン!とドアを勢いよく開ける音がしたかと思うと、レギーナと同じ金髪をポニーテールでまとめ上げたコート姿の女性が勢いよく飛び込んできた。


「もうっ! 帰ってきてるなら協同組合に連絡の一つでも寄越してくれればいいのに、妹が帰ってきてるのに仕事仕事で……お姉ちゃんは寂しかったんだから~」

「ちょっ……! 姉さまっ! どさくさに紛れて腰とか胸をっ……!」


 ケーシェル・ヴェスパー。塩商協同組合のヴェスパー家代表代理を務めているレギーナの姉である。ケーシェルはレギーナが引き剥がそうとするのも聞かず、久しぶりに抱きしめる妹の感触を全身で感じて顔を綻ばせていた。


「いい加減になさいケーシェル姉さまっ! さもないと……」


 そう言うと、レギーナが水の球体を作りだし、おもむろにケーシェルの顔を包むように被せた。ケーシェルは顔周りを水に包まれ、何かをしゃべろうとするとその水が呼吸を奪う。そして手でバツ印を作って降参を示すと、ケーシェルの顔周り水はレギーナの手に吸い込まれるように消えていき、髪と顔面がびしょぬれにしたケーシェルが荒く呼吸をする。


「はぁ……はぁ……いやぁごめんね。かわいい妹に出会えたらつい」

「どうしてわたくしの周りはこんな変人ばっかりですの…」


 エリュ・トリの迷惑者の顔を思い浮かべつつ、レギーナは呟く。そしてケーシェルは顔周りの水分を吹きとってから、レギーナの部屋のテーブルを見る。大量のメモが机を埋め尽くしている様子を見て、ケーシェルもそれとなく状況を察する。


「……それで、今はお勉強中?」

「そうですわね。タロキアムという国について知ろうと思いまして」

「で、その様子だと少し行き詰ってるのかしら?」

「う……」

「ふふん、伊達に姉はやってないという事よ」


 散乱するメモ、開いたり閉じたりがまばらな書物、そして昼の時間を前にしてどこか眠たげな眼。ケーシェルが見たそれらの様子は、レギーナの状態を察するには十分だった。


「まずはお昼を食べましょう。お父様はいつものように組合に仕事だから、お母さまと私とで」

「そうですわね」




 ベルベットの敷かれた廊下を歩き、ダイニングへ向かうレギーナとケーシェル。どこか距離の近いケーシェルを眉を歪めて見ていると、その姉から先ほどの様子について質問してきた。


「タロキアムねぇ。私も協同組合で仕事して何年か経つけど、さすがにタロキアムとの交流は皆無だわ」

「お父様が言うには、もともと隣国との国交はかなり厳しいとか。ましてやスィンツーの向こう側ですし」

「そうねぇ……六商ギルドなら少しは情報を持ってるかもしれないけれど…まぁ私も組合に務めて以来一度もあった事はないし」

「六商ギルド?」


 レギーナは、姉から聞かされる新しい単語に、嬉々とした声色で食いついた。書物を読みながら同じ文章を眺めていた反動か、新しい情報への感度が強くなっている。


「あら、レギーナは知らなかったかしら。大国間の国交は厳しく制限されているのだけれど、この世界の六国を渡る権利を持ったギルドって言うのがあってね。滅多に姿を見る事はないけれど、その六商ギルドによって多国間の貿易が行われる場合があるのよ」

「そんな機関が……」

「私も話しか聞いたことはないけどね。でもタロキアムを調べるなんてどうして?」


 ケーシェルの質問に、レギーナは何処から答えようか考えて、現在自分が直面する疑問にまつわる話だけをかいつまんで説明した。


「エリュ・トリで起きている現象にタロキアムが関わっている可能性を考えて資料を探したのですが、どうにも行き詰ってまして……タロキアムの不思議な力の仕組み然り、国境を有しているスィンツーとの情勢然り」

「なるほどね……仕事人間の私にはなかなか縁遠い話だわ」


 協同組合の内外の事情が仕事の情報であるケーシェルにとって、そう言った学問的な要素は門外漢である。勉強が出来た事で今の仕事についているとしても、その勉強を必要とする場面が無ければ自然と忘れていくものというのは、何時の時代も変わらない。


「どちらかでも……スィンツーがタロキアムと接触したのかでも分かれば、このあとお父様の書斎から借りる本も分かるというものですが……」


 そんなレギーナのボヤキを聞いたケーシェルは、少し考えてあることを思いついた。


「そのスィンツーとタロキアムの話って、スィンツー側からの本とか読んでみたの?」

「……え?」


 思わぬ姉からの質問に、レギーナは言葉が出なかった。


「いや、タロキアムとかの情報は探すのが難しいけど、隣の……それも私たちと紛争があった国の資料とかなら、少しは見つけられそうじゃない? だから視点を逆にしてそっちを探すって言うのは……」


 ケーシェルは慎重に言葉を選んでレギーナにアイデアを出す。紛争が二面性を持つというのなら、その両面から見た情報があるはず。レギーナはそのアイデアに、さっきまで霞んでいたものが急にはっきり見えるような心地を感じた。


「……姉さま。それは恐らく名案ですわ!」

「え、そ、そう……?」

「そうです。タロキアムの情勢をスィンツー側から紐解く。今まで一方的に考えていたから気付きませんでしたわ。姉さま、すぐに昼食を頂きましょう。もしかしたら、今日でこの調査に蹴りが付いてエリュ・トリに戻れるかもしれません!」

「えっ!? じゃあもうちょっとあっためておいた方が……ってちょっと! 姉を置いて走っていかないでよ!」




「スィンツー興亡史……タロキアムとの関連性を考えるのなら、逆にスィンツー側の記録がないかを調べれば」


 せっかく邂逅した姉との昼食の時間もそこそこに、レギーナは父親の書斎からスィンツーにまつわる資料を数冊持ち込み、新たに資料をまとめる事にした。中でもタロキアムやそれを意味する「星」というワードが出てくる記述に絞り、それらがないかを探し続けた。そして


「……あった、星の国への侵攻記」


 レギーナは、ついにスィンツーがタロキアムへの侵攻を記録した記述を見つけ出す。その書類では「星の国」と称されているが、それはタロキアムを示す他の書物でも同じように記述されていた。そしてレギーナは、該当部分を読み、そこにある事実を目の当たりにする。


「……この年号、今から140年前?いやそれよりも、撤退……星の国への道は閉ざされ、それ以上の侵攻は禁止……つまり、タロキアムには、140年前に負けて以降、一度も侵攻を起こしてない?」


 疑問の答えをようやく手にしたレギーナは、放心状態だった。自分たちがあれだけ苦戦したスィンツーに、以後の侵略を諦めさせるほどの国。それが今のエリュ・トリに関わってくるのなら、三年前以上の危険も覚悟しなければならないからだ。そしてレギーナは、同じ文面を読み返して、さらに決定的な記述に直面する。


「……その力は大規模なものも、個人的なものもあり、時には一つの集落を星の力の影響下に落とすものも……」




 一つの集落を、星の力の影響下に落とす。




「……ま、さか」


 レギーナの背筋に、うすら寒いものが這いずる。これまでの記述とこの文章を組み合わせて、レギーナは嫌な予感を募らせていった。もしもこの予想が当たっていれば……いや、出来れば当たっていてほしくない。そんな葛藤を抱えながら、レギーナは最後に残った結論を導き出した。


――

・星の国と各所で呼ばれているタロキアムでは、その文化には星が大きく関わっている


・タロキアムは140年前にスィンツーとの攻防を経て侵略を阻止した。以後スィンツーからタロキアムへの侵攻はされてないと思われる


・その主な理由は、タロキアムにおけるエナジーの操作術【アルカナ】。正体は不明だが、エナジーを扱い人型などの様々な形質で操る能力と推測できる


・スィンツーとの攻防では、その攻撃を阻止するためにアルカナを使ったと見られるが、その影響範囲は、最大で集落一つ分まで及ぶこともある。


・もしも、今エリュ・トリで起きている動物や人間の分身現象が、星空の空洞を持つ偽物を生み出す現象が、アルカナと関連しているのであれば、それはつまり……




 エリュ・トリは、既にアルカナの影響下にある。




――


「……っ」


 息が詰まるような結論が頭の中を支配して止まない。レギーナは呼吸のリズムも忘れて、それらの資料から目を背ける。つながってしまった…そんな気持ちの方が大きくなり、居ても立ってもいられない焦燥感に身体をむしばまれていく。


「……まだ、そう。これはまだ仮説。それに、今どうにかすれば……」


 訥々と、自分を落ち着けるような言葉だけをこぼすレギーナ。そして、焦りが行動を生み、テーブルに並べられた紙を散らし、本を落とす。そのバタバタとした音をどこかから聞いたのか、落ち着いたノック音が聞こえてきて、扉越しにバナジーの声が聞こえてくる。


「お嬢様? 大変慌てているようですが、どうかなさいましたか?」


 入るのを拒否したい気持ちはあった、しかし今一人になっては居ても立ってもいられない予感がして、レギーナはか細い声で「……どうぞ」とだけ呟いた。どうにかその声は聞こえたようで、バナジーが恐る恐るドアを開ける。


 バナジーの目には、震える瞳でこちらを見るレギーナの姿が映り、その原因が今調べている事にまつわるであろうことは読み取れた。執事として、何を言えばいいのかを逡巡して、バナジーは静かに呟いた。


「まずは落ち着きましょう。悲観をする程の事実に直面した事はお察しいたしますが、同時にそれを解決するために当家に戻られたはずです」

「……」


 言葉は出なかったが、レギーナはバナジーの声と、この状況を知っている人間の存在で、ほんの少し気持ちが落ち着いた。だがそれでも、全く和らいだわけではない。


「バナジー、わたくしはすぐに帰らなければなりません。もしも、わたくしがたどり着いた推測が事実であるなら、もうすでにエリュ・トリが危険な状態にある……それを早急に解決しなければなりません」

「分かりました。その事をすぐに奥様旦那様にお伝えいたしましょう」


 焦るレギーナの様子から、バナジーはすぐに踵を返して自分の主人たちに状況を伝えようとした。しかしそんなバナジーの動きよりも早く、開いたままのドアの向こうから快活な声が聞こえてきた。


「それなら私に任せてよ!!」


 自信ありげに腕を組んで、力のこもった瞳を二人に向けるケーシェル。そして彼女はツカツカと床を鳴らして、姉なるものの風格を見せながらレギーナに近づいてきた。


「お昼を早々に切り上げてくれちゃったおかげで、コミュニケーション不足だったけれど、あなたが使命を持って帰るというのなら、そこは姉としてサポートしてあげる。お父様には私から伝えておくし、ちょうど私が使ってきた協同組合の馬車がある。今度一緒にディナーを食べるって言うお代で、どうかしら?」


 まくしたてるようにそう言ったケーシェルに、レギーナは次第に不安を押しのける心が溢れてくる。そう、まだ全てが終わった訳じゃない。この予測が当たっているか、まだ止められるか、そしてすべてを知ることが出来るか、それらを全てかけて、レギーナはケーシェルの前に立ち上がった。


「……時々スキンシップが過剰で、会えば会うたびに一緒にお風呂に入ろうとして、何かとあれば姉を振りかざしてわたくしを世話したがる……毎度毎度、ありがた迷惑だと感じていますわ」


「言うわね。姉を甘く見ないで頂戴? 妹の世話の為なら組合の全部を敵に回すのも怖くないんだから。それで、私の提案はいかが?」


 ケーシェルの買い言葉に、レギーナは覚悟を決めてこう返した。



「でしたら、全てが終わった暁には、石炉亭って言う最高の料理屋に姉さまをご招待いたしますわ。」

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