第23話 レギーナへの来訪者
「お嬢様。お疲れのところ申し訳ないのですが、今日はもう深夜を越えております。まだお調べになりたい事がおありと承知しますが、一旦お休みなさいませ」
「……そうね。私もちょっと疲れたし、今はバナジーの提案に賛成いたしますわ。バナジーもここまで付き添ってくれてありがとう」
「いえいえ。お嬢様のお役に立てたようで幸甚でございます」
情報は多く疑問も尽きないが、レギーナはこれらを心置きなく整理するために、ランプの明かりを消してベッドに潜っていった。バナジーが静かに部屋を去る音を耳にしながら。
翌朝、レギーナはすぐに起きて、朝食のために家族のダイニングルームに向かう。足取りは早く、先についていた両親にも、彼女の急いでいる様子はすぐに伝わる。
三人で過ごすには広いダイニング。十人は優に座ることの出来るテーブルで家族は朝食を共にする。朝日の差し込むテーブルにはパンとバター、サラダ、焦げ目の付いたベーコンが乗ったエッグプレートと、朝の活力を得るための食事が並ぶ。
ただ、レギーナはその朝食の風景を懐かしむ余裕はなく、並べられた食事を食べながらも、頭の中では昨日の疑問を考えていた。
「レギーナ、今日は随分と落ち着きがないぞ。そんなに急いで朝食を食べなくても……」
「ええ。昨日バナジーと書物の調査をしていて、重要な記述を見つけられましたので、早くそれらの情報を整理したいでして」
「そうは言ってもだな……」
気の急いたレギーナの食事に、ナートリーが眉をひそめて声をかける。レギーナの気持ちは汲みたいところだが、ヴェスパー家の父として節操をわきまえてほしいと思うのも一つの親心である。そんな父親の葛藤を横目に、マグニシアは穏やかに言葉を重ねる。
「ふふっ、少しぐらいはいいじゃないですか。私は、少し前のあなたを見ているような気分で、ちょっと嬉しいですけど?」
「そう言われると……返す言葉がないな」
両親のそんな会話を見て、どこか物珍しさを覚えるレギーナ。そしてそんな彼女に、マグニシアは一杯の紅茶を差し出した。ほのかな湯気と、鼻を抜ける甘い香り。ハーブと果物のフレーバーティー。マグニシアが差し出したその一杯の香りを楽しみ、マグニシアの話を聞く。
「でもレギーナ。少しくらい落ち着いて食事をとる事も大事ですよ。急げば見落とす者も多くなりますし」
「……そう、ですわね」
マグニシアの言葉にハッとしたレギーナは、冒険者としての持ち方で染みついていたフォークとナイフの持ち方を直して、この時間を少しでも大事にしようと思い直した。マグニシアから差し出された紅茶を一口飲み、温かい苦みと芳醇な香りに心を落ち着けて、朝食の優雅な時間を過ごしていった。
穏やかな朝食の時間を過ごしてからすぐに、レギーナは昨日までの内容を思い返しながら疑問を整理する。
レギーナがまず疑問視していたのは、エナジーの利用法であるアルカナの構造だった。エナジーと結びついていると推測は出来るが、その実態については相変わらずつかめないままだ。
「これも、やはり秘匿されているのでしょうか」
これまでも、婉曲的な表現の数々からつなぎ合わせるようにして、ようやくアルカナについて知ることが出来た。今回もそれにならって情報を整理するが、いま最も知りたい部分については、全くと言っていいほど情報がない。
「アルカナの存在ですらようやく知れたのですから、おそらくタロキアムではこのあたりの情報は重要な秘密とされているのでしょうね、それと……」
そしてもう一つの疑問は、タロキアムに地理的状況から来る、情勢への疑問だ。
「スィンツーと隣接した国というのであれば、タロキアムでもスィンツーによる侵攻があったのでしょうか?もしあったとしたら、その時タロキアムは何を……?」
エリュ・トリにおける三度のスィンツーの侵攻・それはいずれも領土を争うものであり、スィンツーの国の特徴を示す出来事である。ならばその反対側で国境を隣接しているタロキアムもまた、その影響を受ける可能性はある。
「現状では、タロキアムにまつわる記述にスィンツーとの関係性は出てこない。これもまた……隠されてる?」
机に広がったメモを整理して、再び本を開いて記述を辿る。これまでと同じ作業で、自分が見落としている中身がないかどうかを一つずつチェックしていく。同じ文章のを繰り返し読む。終わりの見えない作業に、レギーナはやはり疲労を隠せなかった。
「はぁっ……! 一旦止めましょう、目をつぶっても文字がちらついてきますわ……」
朝食から昼の時間まで、休みなしで文字と向き合っていたレギーナは、目の前を文字がちらつくようになってきて、椅子に後ろ向きにもたれかかった。
「今の所、お借りした本の記述は全て確認しましたが……やはり二つの疑問は解けないままですわね」
いよいよ今の資料では手詰まりになってきて、間もなく昼食の時間となる。本来は仕事が忙しい父親は、昼食に出る事はないだろう。そうなると、さらに本を借りるのもなかなか難しい。狭い書庫とは言え蔵書は多く、どれから手を付けるかを決めるのも至難の業だ。そうして頭から煙の一つでも出そうという場面で、少し陽気なノックの音が聞こえてきた。
コンッ!コンッ!
「ん?バナジーではありませんわね、入ってもいいですわよ」
ガチャッ!
「レギーナが帰って来たってほんとう!?」




